いろはのお題inスプリング*スプリング part4
月香るな


 明日になれば、すべて 」の読了を推奨



 フランソワ三世がポチを襲う。ポチはするりと奇妙な妖精の手を逃れ、フランソワ三世の手の届かない棚と棚の間に滑り込んだ。もう、すっかり佐藤家では日常の光景になっている。
「ポチー、フランソワ三世ー、みんなもゴハンだよお」
 隆が生肉やらドッグフードやら、部屋中の怪物たちに与えるたくさんの夕食を持って入ってくる。ポチとフランソワ三世は、とりあえず食事のときだけは休戦することに決めているらしく、にらみ合いながら隆の元へやって来る。
「隆、シャルティエのエサを忘れてるよ」
 言いながら、閉まりかけた扉を開けるのは隆の兄、浩。笑顔で彼が差し出したのはまだ暖かい生肉で、ポチ……もといクロンは、いつもこの家の人間がどこからエサを調達してくるのか、気になって仕方ない。
「わあ、忘れてたよ、ありがとう。そういえばお兄ちゃん、お兄ちゃんにポチを紹介したこと、あったっけ?」
「ポチって、そのハムスター? まだだよ。なんだ、また拾ってきたの?」
 初めまして、と挨拶するポチ。疑問ひとつ抱かず「こんにちは」と答える浩。
「ポチは元々、人間だったんだって。それが悪い魔法使いにやられて、ハムスターにされちゃったんだってさ」
「へえ。僕の友達にも悪の魔法使いがいるよ。案外、日本にもたくさん、悪の魔法使いが住んでいるのかもしれないね」
 いいや、と否定するポチ。
「日本に逃げてくる魔法使いは少ないだろう。ところで少年、その魔法使いの名は何と言う?」
「山田太郎。出身は、ええと……シュリフィード王国、とか言ってたかな」
 その言葉を聞くなり、ポチは浩に飛びついた。噛みつかんばかりの勢いで浩に迫る。
「そ、それは本当か! 私をこんな姿にしたのは、まさにその小僧だ!」
「……へえ。世界は意外と狭いんだねえ」
 のほほんと笑う浩。人の良さそうな口調と顔をしてはいるが、なにせポチが喋ることになんの疑問も抱かない人種だ、油断はできない。
「それじゃあ、山田くんには君のこと、言わない方がいいのかな?」
 笑顔のまま、生肉を魔獣シャルティエに与える浩。シャルティエはこの兄弟のどちらにもよく懐いているようで、肉を引き裂く鋭い牙をむき出しにし、毒針のついた尻尾を楽しそうに振りながら、紅い目をらんらんと光らせ、嬉々として生肉に食らいついている。肉が引きちぎられる生々しい音が、ポチの耳に届いた。いや、しかし、そこにおびえている場合ではない。機会を逃せば、一生このままだ。ハムスターであることにはもう慣れたが、しかしフランソワ三世の嫁いびりにはどうしても慣れたくない。
「いや、その必要はない。……兄君、ひとつ頼みがある。私を、山田太郎の元へ連れて行ってくれないか」
 まあ、とフランソワ三世が声を上げた。少しの間だけでも邪魔者がいなくなる、そのことを喜ぶかのように。
「うん、別にいいよ。それじゃあ、明日ね」
 軽くポチの頭を撫でて、浩は部屋を出ていく。もうその手が生臭かっただとか、なんか得体の知れない血がついているとか、そんなことはどうでもいい。
 明日になれば、すべてが変わる。
 ハムスター生活を脱出するため、フランソワ三世の嫁いびりに耐え抜くため、山田との接触は必要不可欠だ。
 明日になれば、すべて。
 もう一度その言葉を噛みしめ、ポチは小さく息をついた。









 冷めないうちに召し上がれ



 本日、3月14日は、いわゆるホワイトデーというやつだった。
 そもそも藤原春月にとって、バレンタインもホワイトデーも女の子の「お料理のウデご披露大会」。山田や藤城には義理チョコを渡したものの、大量に渡される女の子からのチョコレートに、応えるだけの菓子は作れず。
「山田、ホワイトデーってなにか準備した?」
 問うと、山田は「ああ」と生返事を返し、カバンから紙袋を引っ張り出す。
「妹に、日本ではちゃんと三倍返しをしなきゃいけないって言われたから、オレ、ちゃんと用意してきたんだぜ」
 とはいえ、確か山田が受け取ったチョコは、春月と輝美、それからクラスメイトの物好きな女の子が配った三つだけ。わざわざ用意してくるなんて律儀だなあ、と春月は素直に感心する。そこに首を突っ込んできたのは藤城だ。
「やっべー、俺なにも用意してねえよ。カンベンなー、藤原」
「どうせ本命に必死で、義理チョコなんかどうでも良かったんでしょ?」
 先ほど、照れくさそうに輝美にクッキーを渡していた藤城の様子を思い出し、春月はくすくすと笑う。二人の進展をやきもきしながら見守っていた身としては、ようやく行動してくれた藤城に感謝するしかない。これで懸案事項がひとつ減った。
「そういう藤原は? 確かバレンタインの時、樫原に『お返しはホワイトデーにするから』とかなんとか言ってたような」
「うん、ちゃんと持ってきたよ。あとで輝美に渡さなきゃ」
 とはいえ春月、菓子作りは大の苦手。取りあえず苦し紛れにギョウザなど作ってきたものの、これは果たしてどうなのだろう。ホワイトデーにギョウザ。アウトだったらどうしよう、と春月の内心は複雑だ。なら持ってくるなよ私、と一人ボケツッコミをしてしまうのは、ノリツッコミの女王(通称)としての宿命か。
 大体、どうして皆、手作りの菓子なんて持ってくるのだろうと春月は頭をかかえる。別に買ってきたっていいじゃないか、そう思うのに雰囲気がそれを許さない。
「そういえば、シュリフィードにもバレンタインってあるの?」
「ある。けど、日本みたいにチョコレートをあげるばっかりじゃないかな。男女どっちからでもカードとか渡すし。ホワイトデーっていうのもよくわからない」
 アメリカ式なんだね、と春月はうなずく。なんだかそんなことを言うと、突然山田が外国人らしく見えてきた。
「それじゃあ、なにを買っていいかわかんなかったりしたんじゃないの?」
「妹が、『普段バレンタインに選ぶようなお菓子でいいらしいよ』って言ってたから……適当に調達してきた」
 言いながら、山田は紙袋を開け、中からなにかを袋ごとつかみ出す。
「冷めないうちに召し上がれ」
「……うわあなんかすげえ新鮮そうだね! っていうかもう冷めてるし!」
 得体の知れない、濁った青紫色をしたゼリーのような物体を受け取り、春月はやけっぱちのように笑う。手の上でふるふると震える不定形の物体。ビニールの小袋を通して、ひんやりとした感触が伝わる。
「これ、食べるの?」
「菓子だろ、普通に」
「普通の菓子はこんな動かない! 触手出さない! 粘液も出さない!」
「そうか、日本の菓子は動かないのか。ひとつ物知りになった」
 シュリフィードの菓子は動くのかよ。そう思いながら、春月は恐る恐るビニール袋を開けるのだった。

 ちなみに、それはひどく美味だった。









 君は頭が悪いのか? 」の読了を推奨



 ヒロシは高校に自転車で通っているらしい。
 私、クロンはその前カゴに通学カバンと共に突っ込まれ、道路の段差とそれに付随する自転車の揺れに四苦八苦していた。
「ついたよ」
 ヒロシの声に、私は辺りを見渡す。目の前に白い建物、駐輪場には「カギは二重にかけましょう」の看板、右を向けば顔に落書きをされた銅像。これが日本の高校か。シュリフィードのものとはずいぶん趣が違う。
「あれに興味があるのかい? あれは昔、この学校を恐怖の大魔王から救ったといわれている、伝説の校長先生の像なんだ。魔王をさんざんに倒した奴と思うと、腹が立ってきて、ちょっとこの間落書きしてしまったんだけど」
 犯人はお前か。
 銅像をよく見てみる。台座には、「校長だぴょん☆」と赤いスプレーで殴り書き。頬に、やはり赤で渦巻き。黄色のスプレーを使って、やけに濃いまつげが書かれている。頭には赤いイチゴ柄のシャワーキャップがかぶせられている。ふと見ればイチゴは手書きだ。額にはよく見ると第三の目が書かれていて、私はその子供っぽい落書きに笑う。
「それにしても、額の目はよく書けているな」
「え? 違うよ、あれは元から校長先生のトレードマークでね。どうも、怒らせるとビームが出るらしいんだけど」
 ……ちょっと待て。
 ツッコミに迷う私の前で、ヒロシは友人に声をかけられた。ハムスターである私を後ろ手に隠すようにしながら、「おはよう」と繰り返す。
「おはよう」
 そのうちの一人に挨拶したところで、ヒロシは「そうだ」と手を打った。
「山田くん、これ、クロンっていうんだけど」
 困ったように私を差し出す。焦げ茶の髪に薄茶色の目、間違いない、奴が山田太郎だ。詰め襟の制服に身を包めば、ただの日本人と言っても通じるだろう。
「……クロン……ああ! あの時の!」
 私を凝視するようにして、山田は大声を上げる。ヒロシの手から私をもぎ取り、力一杯にぎり込んだ。息が詰まる。
「あの時は、よくもやってくれたな……! 覚悟しろよ、この野郎」
 ああ、それでもあのフランソワと共に過ごす生活よりはマシだ。得体の知れない怪物よりは、まだ正体の見えている悪の魔法使いの方が怖くない。
「あ、山田くん、それ……」
「用が済んだら返してやってもいい」
 私をひっ掴んだまま、山田は早足にどこかへ歩いていった。

「ええと。クロン・ドルチェ・ヴィ・サクシフォン、職場は王国の財務部だっけ?」
「サクスフォンだ。……覚えていたのか」
 今頑張って思い出したんだ、と山田が答える。建物の屋上には強い風が吹き付け、こんなところに来る酔狂な生徒が他にいないことを示している。
「さて……わざわざそっちからオレの元に来たってことは、人間に戻る方法がわからなかったってことかな?」
「気が進まないが、貴様の魔法の腕は褒めてやろう」
 当たり前だろ、と山田が唇を歪める。この悪の魔法使い、幻術と変化の魔法にかけては、国内でもトップクラスの実力者なのだ。もっともそれを知ったのは、だいぶ後のことだが。
「そんなに戻りたけりゃ、戻してやるよ!」
 いつのまにやら山田は給水タンクの横に登っていて、何をするのかと思えば、蓋を開けたその中に私を放り込む!
 溺れる、と思ったその時、ふと身体に違和感を覚える。派手な水音と共に落下した、その視界に映ったのは――ハムスターのものなんかではない、自分の、手。
「満足かい?」
 視界に入る若白髪。髭もずいぶん伸びている。ご丁寧に服まで元に戻っているのはなんとしたことか。ああ、しかしそれでも、人間の身体のなんと心地よいことよ!
「それじゃ、まあ、そこでゆっくり死んでくれ」
 無表情にそう言って、山田は蓋を閉めた。なに、この姿にさえ戻れば私とて魔法使いの端くれ。あんな子供ごときに、もう遅れは取らぬ。
 ……と、内側から触れた給水タンクの壁に、妙な感覚がある。これは……
「君は頭が悪いのか? 『閉鎖空間に於ける魔力吸収体の有効性』、知らないわけじゃないだろう?」
 中学校で習うような懐かしい単語を口にして、けらけらと笑う山田の声がする。まさか、と足下に目を凝らした。薄暗いタンクの中、足が届くか届かないかという深さの水の底で、柔らかいものを踏んだ。思わず声を上げる。
「む、ムラサキイボクラゲノマクラモドキ……!」
「性格にはその亜種、アオミドリブチクラゲノマクラモドキ」
 そんな解説はいらない。とにかく判っているのは、この史上最悪の水棲生物が、周囲の魔力を吸い取る効果を持っていることだけだ。
「水族館から盗んできたんだよね。水も綺麗になるし、タンクに入れておくにはいい生き物だと思うよ」
 水の中で急速に体力が奪われていくのを感じる。私は脳裏にフランソワを思い浮かべ、あれと暮らすよりはまだマシだ、と自分に言い聞かせ続けるのであった。
(ゆ 許された罪のかたち へ続く)









 許された罪のかたち 」の読了を推奨



(き 君は頭が悪いのか? の続き)
 六時間目の授業を終えて、山田はふとクロンの存在を思い出した。
 教室掃除を律儀にこなし、しかる後に屋上へ向かう。
「あ、ごめん、今日はオレ帰るから」
「えぇ? 練習どうすんのよ」
 すまない、と春月に手を合わせて、屋上への扉を開ける。さてどうなったかとタンクの中をのぞいてみれば、若白髪の男・クロンは、溺れることなくまだそこにいた。
「あれ、頑張るねえ」
 声をかけると、クロンはその言葉を鼻で笑う。
「この一月の苦労に比べれば、これくらい安いものよ!」
 よほど苦労してきたらしい。まだ体力もありそうだ。彼の年齢は知らないが、おそらく三十代後半から四十代といったところ。確かに元気な年代とはいえ、普通なら、とうに音を上げていていいはずだ。
 山田としては怒りにまかせて必要以上のことをしてしまった感覚なのだが、元気なクロンの様子を見ていると助ける気も失せる。タンクの淵に座ったまま、のんびりと声をかけた。
「ところであんた、家族は?」
「妻と娘がいる。別居中だがな」
「なに、夫婦仲、悪いの?」
「妻が飼っているペットのことで喧嘩になってな。別居をはじめて一週間でこれだから、帰るに帰れず……ああヒメコ、パパはお前の顔をもう一度見てから死にたいよ」
 明るい灰色のマントは水を吸ってすっかり変色している。髭のせいで顔はよくわからないのだが、まあ不細工というほどではない様子。あらためて見てみると、なんというか、全身から苦労人という雰囲気をにじみ出させる男だ。
「大変だな」
「小僧、貴様のせいでな」
 ふ、とクロンが笑みを浮かべ、水の中から勢いよく何かを投げつけた。それがベシャリと顔に当たって、山田は思わずタンクからずり落ちる。飛んできたのはアオミドリブチクラゲノマクラモドキ。常人なら、まず触れることさえ嫌悪する代物だ。水の中では大人しいが、空気に触れるとぶしぶしと毒液を吐き出す。ねっとりとした表面にフジツボのように模様が浮いて、付きだした口から吐き出す毒液は生暖かい。毒液に触れてしまった手が瞬く間に腫れていくのを見て、山田は顔をしかめた。この生き物は決して水から出してはならない。久々にそれを思い知らされる。
 と、そんなことを考えているうちに、轟音と共にタンクの中ほどに穴が開いた。ふらつきながらもそこから飛び降りたクロンは、そのままコンクリートの床に膝をつく。まずいな、と山田は考えた。実のところ彼を逃がしても実害などないに等しいのだが、それでは王が納得しないだろう。王子の手にかかれば王がカツラだなんて記憶のひとつやふたつ、簡単に消せるのだから、そうしてしまえばいいと思うのだが。
 フィガロ王子は記憶を操る魔法を得意とする。それ以外は並の上と言ったところだが、それでも機転が利くので戦闘力もあり、山田としてはとっとと彼に王座についてもらいたいところ。
 そんなことより、と山田はタンクの台からクロンを見下ろす。体力の限界であったか、彼はその場に倒れ込んでいる。財務部三課長、という役職の割に、いなくなっても誰にも困られなかった男。
「あー……このままトドメ刺しちまおうかなあ」
 がりがりと頭を掻きながら、クロンに近づいたその時。
 ふと足下をすくわれて、山田は背中から固い床に倒れ込んだ。何があったのかと見れば視界には立ち上がったクロンの姿。続けて叩きつけるような衝撃があって、山田は大きく息をつく。術を放ったか、と咄嗟に思う。胃袋の中身が逆流しそうな勢いに、慌てて口元を押さえた。動かすたびに毒液を浴びた右手が強く痛む。
「まだまだ足りんが、いずれ続きを返せる時が来るだろう」
「……てめえ……謀ったな!」
「おやまあ、謀略と卑怯がお仕事の悪の魔法使い氏にそんなお言葉を頂けるとは、なんたる光栄!」
 言いながら、クロンは右手をタンクの方に向けた。タンクが爆発音と共に四散する。クロンの狙いに気づいて、山田は青ざめた。
「バカ、事を荒立てるな……」
「こうなれば、気力が続く限り貴様に迷惑をかけてやろう。私に仕返しをするのは構わないが、佐藤家の次男を敵に回すことは覚悟しておくのだな!」
 屋上の扉の向こうで、佐藤浩がため息をつくのがわかった。
「わ、わかった! 許してやる、あんたの罪は許してやるよ! だから頼む、これ以上は……」
「……ほう?」
 佐藤がぶちスライムを呼ぶ声がした。彼がどちらに付くのかは知らないが、どちらにしてもあまり嬉しくない。クロンを連れてきたところを見ると知り合いなのだろうし、どれほどの関係なのかわからないのは不安だ。
 クロンはぶちスライムを見てひとつまばたきをすると、不意に相好を崩し、笑い出した。そのまま屋上のフェンスを一息に乗り越える。
「小僧、王の秘密を知ったこと、許してくれるのだな?」
 その姿こそが、許された罪のかたち。
 佐藤に向けて二言ばかり礼を述べると、クロンはその場から姿を消す。
 山田の背後で、佐藤が力無く笑い声を漏らすのが聞こえた。
「一件落着?」
 その言葉に、素直にうなずくことはできなかった。









 面倒だよね



 机の上にはアンケートの山。県の教育委員会だかなんだか知らないが、こんな調査をして何になるのだか。携帯電話に関するアンケート、アルバイトに関するアンケート、それからこちらのいじめとストレスに関するアンケートは、この高校の卒業生が卒論のためにと配ったもの。律儀に全部答えれば総計13枚、春月でなくとも嫌になる。
「これは面倒だよねえ……」
 6時間目のホームルームの時間を丸々つぶして行われたアンケートは、答えやすいものからどうしようもないものまで様々。アルバイトをしていない春月などは、アルバイトに関するアンケート4枚が白紙でよく、少しは早く終わるのだけれど。
「暇だなあ」
 斜め後ろの席でつぶやいたのは佐藤。携帯電話は持っていない、勇者退治に忙殺されてアルバイトどころではない、転校してから日が浅くいじめも何も関係ない、むしろ校舎裏に呼び出された日には「魔王の部下」の力で返り討ち、という彼にとって、確かにすぐ終わるアンケートなのだろう。
 むしろ春月の目を引いたのは、右隣の席で苦悩する山田の姿。何を悩んでいるのかと見れば、アルバイトに関するアンケートだ。
「藤原、オレの仕事っていわゆるアルバイトだよな?」
「自力でアパートの賃料と授業料払えるほど稼いでるのに、アルバイトしてないって言い張るのはまずんじゃないの?」
「いや、バイトというよりは本業で、学生の方がついでなんだけどな。……そんなことはどうでもいいんだが、オレの仕事の分類はどれだ?」
 彼が指さした項目を見れば、仕事の内容に関して事細かに尋ねる文章。選択肢はやたら細かく、一体何の意味があるのか疑問に思えてくる。
「確かに、コンビニでもデパートでも飲食店でもなければ、調理でも接客でも運搬でもないような……」
「だろ? その他、ってところに書くのも気が引けるし」
「書くなよ」
 19.その他(悪の魔法使い)とでも書く気なのか。想像してしまい、春月は思わずため息をついた。本気でそれをやるのなら、春月は山田を尊敬すべき人物だと認めざるを得ない。
「もう、デパートの接客でいいかなあ」
「なんか悪の魔法使いが突然さわやかに見えるね」
 稼ぐ金額では項目の中の最大値にマル、働く日数は平均四日。意外に忙しい生活を送っているのだなと、春月は山田のアンケートに目を通しながら思う。
「色々と高校生離れした数字がおどってるわね」
「こっちは命かけて仕事してるんだ、金くらいは貰えなきゃ」
 いちおう激しい肉体労働だよ、と山田は眉根を寄せた。
「よし、決めた」
 ようやく決めたその項目をのぞき込む。
「接客(飲食店)……」
「なんだかいろいろ開き直ったね」
「詳細:お客様にサービスを提供する」
「それって全然詳細になってないよね」
「……じゃあ……詳細:言えば先生に迷惑がかかります。それでも良かったらお話しても良いですが命の保証はしません」
「…………」
 そのまま集められたアンケートが無記名でよかったことに気づく。なるほど、確かに少しくらい遊んでも構わない、かもしれないが。
「あの、山田? 今更だけど、迷惑が迷感になってたよ」
「……日本語って手で書くにはとても面倒だよね。どうして漢字にはこれだけの種類があるんだろう。英語ならたったあれだけ覚えればいいのに」
 こんな時だけ帰国子女ぶる山田。春月はひとつため息をついて、回ってきたアンケートを前へ回した。
 実に面倒だったが、一番面倒だったのは山田との会話だと、自分から話しかけたくせに思う春月であった。









 見たね?



「占い師?」
「そうそう、最近よく当たるって評判なんだよ! 雑誌で、星占いのページ書いたりしてるんだから」
 バンド仲間の藤城と山田を連れて、春月と輝美がやって来たのは裏路地の怪しげなビルの前。その三階、うさんくさそうな紫のカーテンで覆われた部屋が、評判の占い師・ボンジュール貞子の店らしい。
「だからって、なんで俺たちまで」
「だってホラ、女二人じゃ何かと不安だし」
 なにが、と呟く藤城の背を押して、春月は薄暗い階段を登る。
「待て、俺はばあちゃんの遺言で、占いには関わっちゃいかんと言われていてだな」
「細かいことは気にしないの」
「でも!」
 面倒くさそうに逃げようとする藤城の腕をつかみ、山田はすたすたと階段を登り始めた。なんでそんなのにつき合うんだ、と叫ぶ藤城に返して曰く、
「日本の占い師は魔法を使わないんだろ? いやあ、興味あるなあオレ」
 とのこと。
「たまにいるんだよ、失せ物探しがものすごく得意な占い師とか。あれはそういう魔法の才能を持って生まれてるわけだけど」
「なんか夢もへったくれもなさそうだね、その占い……」
 輝美が笑う。
 さて四人の前に、どっかりと現れた重厚な扉。紫のライトが廊下を照らす。「ボンジュール貞子のお悩み相談室」と書かれた入り口の前には、すでに三人ばかり客が並んでいた。
「しかも待つのかよ……山田、俺やっぱり帰る」
「好きにしろ」
 山田が答えた、その時。
「感じる! 尋常ではない気配を感じるわ!」
 部屋の中から叫ぶような声。おそらく声の主はボンジュール貞子。
「悪い霊が憑いています……祓わなければ……」
「なあ、あれは本当に星占いなのか?」
「どちらかと言えば霊感商法って感じね」
 こそこそと囁きかわすうちに、中からさっぱりとした表情の女性が出てきた。
「まあ、あれはあれで本人が満足してるみたいだし……」
「でも、本当にどうやって占ってるんだろうな」
「魔法だけが占いじゃないでしょ」
 そうこうしているうちに、四人の番がやって来る。
「あー、俺はいいよ、外で待ってる」
「そう?」
 輝美があっさり承諾したため、藤城は廊下で三人を待つことにした。
 さて手持ちぶさたに待っていた藤城は、ふと薄暗い廊下の隅の、扉の一つが開いているのに気づいた。幸い客の切れ目、こちらを見ている人間はいない。
 興味本位で暗い部屋の中を覗いてみると、ドライアイスの煙がふわりと漂ってくるのがわかった。どうやら、ボンジュール貞子がいる部屋に繋がっているらしい。
 忍び足で中に入り込む。本当にただの興味本位だった、のだが。
 暗い闇の中で手に触れたもの――何の変哲もないサイコロがひとつ。闇に慣れた目に辺りが見えだした。長机の上にぽつんと置かれたそれが、妙に気になる。
 その横に一枚の紙。書きかけのそれには、「牡羊座 金運3 恋愛運5」などと書かれている。ふと、嫌な予感がした。
「……見たね?」
 顔を上げると、そこには髪の長い女が立っていた。マラカスを片手に持ち、ラテン系の衣装を着て、長い髪で顔の半ばまでを覆った女。おそらく、これがボンジュール貞子。
「アタシの秘密を知ったからには、生かしちゃおけないね!」
「待って、あの、じゃあ、本当に占い結果、サイコロで適当に決めてんの!?」
 思わず声が大きくなる。途端、ボンジュール貞子に思った以上の力で口を押さえられた。ずい、と顔を近づけられる。貞子の名に恥じない恐ろしさに、藤城は本気で恐怖を感じた。殺される。誰か助けて、と思ったその時、ボンジュール貞子の背後に人影が見えた。その人影は何かを大きく振りかぶる。
 ピコン。
 妙な音が響いた。
 どさり、とボンジュール貞子がその場に崩れ落ちる。立っていたのは春月だ。大きなピコピコハンマーを手にしたその姿は、なんだか異常に勇ましい。
「大丈夫、藤城!?」
「いや、あの、大丈夫なのは大丈夫なんだけど」
「良かった! 乙女の敵は退治したわ。さあ、ここから逃げましょう!」
「あの、どちらかというと俺はお前の思考回路の方が気に」
「行くわよ!」
 いやあの待ってピコピコハンマーはどこから、とか何とか言っているうちに藤城は部屋から引きずり出された。山田がとても楽しそうな顔で立っている。
「そうか、日本の占い師はサイコロで星占いをするのか」
「山田くん、それたぶん違う」
 闇に慣れた目に、外の光がひどく眩しかった。









 指名手配の裏側で 」の読了を推奨



 ヒメコ・アリッサ・ヴィ・サクスフォンは、新聞に挟まっているチラシを端から紙飛行機に折り、三階のベランダから飛ばしていた。
「ぶーん、ぶーん!」
 そのうちの一機が、きれいな軌跡を描いて庭の向こうへと飛んでいく。そして、門柱のそばからこちらを伺っていた、あからさまに怪しい男の頭に当たった。
「……お嬢ちゃん! 飛行機を飛ばすなら、公園でやった方がいいよ!」
 男はそう言って、今し方飛んでいった紙飛行機をヒメコの方へと投げかえした。風が吹いて紙飛行機を舞い上げる。ヒメコは紙飛行機を受け取り、にこりと笑った。
「ごめんなさい、ありがとう!」
 どういたしまして、と言って、男はまた門柱に寄りかかった。
 ヒメコは、帰ってきた紙飛行機とチラシを手に階段を下りる。家の中はがらんとしていた。ペットのトモちゃんの鳴き声だけが寂しげにひびく。玄関を開け、強い日差しに目を細めながら、ヒメコは道路へと歩いていった。
 ヒメコの父親、クロンが消息を絶ってはや一ヶ月あまり。母親は「ま、いいか」と言ったきり父親のことを話題にもしないし、よく遊びに来ていた父親の同僚も、この間たまたま出会った時に「お父さん、見つかった?」と聞いてきたきり。
「お父さんがいたら、一緒に公園で遊べるのにな……」
「ヒメコちゃんは、お父さんがいなくて寂しい?」
 後ろから声をかけられ、振り向くとさっきの男が立っていた。
「うん。……お兄ちゃん、誰?」
「オレ? 怪しい者じゃないよ。ヒメコちゃんのお父さんの知り合いなんだ。お父さんについて、ちょっと話を聞きたいんだけど、一緒に公園まで行かない?」
「……お父さんの知り合いなら、いいよ」
 ありがとう、と言って、男は笑った。焦げ茶色の髪に黒いマント。もう夏だと言うのに、そんな黒ずくめの格好では暑そうだな、とヒメコは思った。
「ところで、ヒメコちゃんは何歳?」
「十歳。初等学校の四年生」
「……そっか。お父さんはどんな人?」
「『くろうにん』だってお母さんが言ってた。昔は髪の毛、ヒメコと同じ茶色だったのに、さいきん急に白髪になっちゃって、苦労が多いのねえ、って近所のおばちゃんに言われたよ。いつも帰りが遅くて、お休みの日には『接待ゴルフ』とか言って出かけちゃうし、たまに家にいても居間でゴロゴロしてるから、お母さんに掃除機で突っつかれたり、トモちゃんに踏まれたりするの」
「トモちゃんって?」
「うちのペット。すっごく可愛いの。ヒメコ、トモちゃん大好き」
 ヒメコが笑うと、男もにこりと笑う。公園は目の前だ。
「そういえばヒメコちゃん、お父さんの魔力型って何だか知ってる?」
「うん。ヒメコがSO-でね、お母さんがSD-でね、お父さんはNO-。『使えない魔力型第一位』って、この間お母さんが読んでた週刊誌に書いてあった」
「……ああ……確かにそれは使えない、というか使えないにも程がある……」
「でも、ヒメコよくわかんないの。何がそんなに違うの? お父さんも、普通に魔法、使えるよ?」
「うーん……そうだな。ヒメコちゃん、お家に電卓ある?」
「うん。お父さんがいない時は電卓使うよ。お父さんがいる時は、お父さんにやってもらった方が早いもん。お父さん、算数すっごく得意なんだから」
 男は困ったように眉根を寄せ、それから公園のベンチにヒメコを招いた。ヒメコは男の横に座る。
「算数が得意……というか、あの魔力型の人は、そういう魔法が得意なんだよ。生まれつきだから仕方ないんだけど、彼らは普通、その他の魔法にはあまり才能がなくてね……とにかく電卓に負けるんだよ、彼らの魔法は」
 だから財務部に入ったんだろうけど、と男は苦笑いした。
「……お父さんって、使えない人なの?」
「とんでもない。あの執念と忍耐力には頭が下がる。きっと素晴らしい中間管理職になれるよ。……で、それはともかく、ヒメコちゃんはお父さんと、長いこと会ってないの?」
「うん、一ヶ月半くらい。誰も心配しないから、別にいいのかと思ったんだけど」
「……今、どうしてるかは知らない? 心配なんだ」
「知らない。……でも、よかった。お兄ちゃんが初めてだよ、お父さんの心配してくれたの。『どうでもいい』とか『別に困らない』とか言われてばっかりで」
 男が悲しそうな顔で首を振った。
「そうか、ありがとう。それじゃあ最後に一つだけ、聞いてもいい?」
「うん」
「『トモちゃん』って、何者?」
「ゾウさん」
「……は?」
「だからゾウさん。『ゾウも飼える三階建て!』って宣伝してたお家だから、ゾウを飼おうってお母さんが言ったの。お父さんはキリンがいいって反対したんだけど、お母さんが勝手にトモちゃんを連れてきて……お父さんもしばらくは我慢してたけど、『もう限界だ』って怒って家を出ていって、そのまま帰ってこないの」
「…………」
「じゃあね、ばいばい、お兄ちゃん」
 ヒメコの背中で、男が大きなため息をつくのがわかった。その理由はわからなかったけれど、ヒメコはそれが何だかおかしくて、笑いながら紙飛行機を飛ばした。









 エスケープの合図を送れ 」の読了を推奨



 クロン・ドルチェ・ヴィ・サクスフォン、三十七歳、ただいま納得のいかない理由で指名手配中。そんな自分の現状を鑑み、特大のため息をついてから、クロンは立ち上がった。
「どうして私が治安維持隊に追われなければならないんだ……」
 魔法使いだけでなく、治安維持隊までもが自分を捕らえに動いていることに気づいたのはシュリフィードに戻った直後だった。さすがに写真入りのポスターまでは出ていなかったが、最早うかつに行動することはできない。誰かが見張っているのではと思うと家に帰ることもできず、身を隠しながらあちこちをうろついてもう三日になる。
 まだ日本にいた方が良い、と判断したクロンは、日本へ降りていくトラックを探していた。ガラシア、ランケルなど、他の魔法都市に逃げることも考えたが、どうも日本が一番安全であるように思う。
「やあおっさん、お久しぶり」
 魔法で姿を隠していたはずなのに、突然声をかけられて、クロンは驚いて振り返る。焦げ茶色の髪に黒いマント、鳶色の瞳。魔法使い・山田太郎が、何でもないような顔をして立っていた。
「く……くそ、何故ここが」
「占い師に探させた。高かったよ。……それにしても、そんな下手くそな魔法じゃ、身を隠す役に立ってないぜ。こう言っちゃ何だが、本当に使えないヤツだな、あんた」
「畜生!」
 逃げようとした途端に足を払われ、クロンはその場に倒れ込む。ここ数日まともな物を食べていないせいか、すぐには身を起こせない。
「まあ、ちょっと待てよ。こちとら、あんたの不遇っぷりが可哀想になったんで、あんたを助けに来たんだ」
 クロンの薄汚れたマントの裾を踏んだまま、魔法使いはにやりと笑う。
「ところで、可愛い娘さんをお持ちのようで。素直でいい子だね、『お父さんがいなくて寂しい』って言ってたよ」
「……ヒメコに会ったのか」
「ああ。一緒に公園まで散歩したよ」
「お前にだけは娘はやらんぞ」
「何が悲しくて小学生なんかに求婚しないといけないんだよ」
「『なんか』とは何だ。ヒメコは将来、私の妻に似て絶対に美人になるんだぞ。あの子は妻の小さいころによく似てるんだ、間違いない」
 山田は肩をすくめ、担いでいた空飛ぶじゅうたんをアスファルトの地面に広げた。
「乗れよ。あと、食いたきゃこれでも食いな」
 そう言って渡されたのは、まだ暖かい市販の弁当。二人で乗るにはやや窮屈なじゅうたんの上で、クロンは礼を言う暇も惜しんで包みを開け、割り箸を割る。
「す……すまない。この恩は一生――」
「泣くなよ、見苦しい。おい、危ないからそのマントの裾引いてくれ」
 人目につかぬよう注意しながら、じゅうたんは静かに離陸する。山田はべたべたとステッカーの貼られた黒い携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
「ああ、もしもし。うん、オレ。そっちは大丈夫? ……わかった、準備ができ次第エスケープの合図を送っとくれ。いきなり手伝わせて悪いな。うん、じゃあ後で」
 電話を切った山田の顔は、無表情のようでいてどこか嬉しそうで、弁当を平らげたクロンはぼんやりとその顔を見つめる。
「仲間か」
「親友だよ。……それはそうと、おっさん。とりあえず日本での生活が困らないくらいの書類偽造は手伝ってやるし、その他のことを望むなら、オレと利害がぶつからない範囲でなら助けてやる。その代わり、一つ約束してもらいたいことがあるんだ」
 黙って先をうながすと、山田太郎は小さく息をついて、不機嫌そうな顔で口を開く。
「佐藤兄弟、およびその親族やペットには、一切接触しないでもらいたい」
「……理由は?」
 尋ねると、山田は言いにくそうに口ごもる。数瞬の沈黙の後、「口外するなよ」と言葉が返ってきた。
「あんただって疑問には思っただろう? 日本にあんな魔法じみた存在があるわけがない。怪しいと思って調べたら、あっさりランケル帝国に行き着いた。分かるかい? 今、シュリフィード人が問題を起こしてはいけない相手だ――絶対に」
 都内某市の上空に浮かぶ、シュリフィードの隣国の名を挙げ、山田はクロンの目を見据える。表面的には友好を保っているが、水面下では一触即発の関係にある隣国だ。
「勇者とか魔王とか、適当な言葉に翻訳してはいるけど、あれはあの国にとっての必要悪だ。本人たちが知っているのかは疑問だが、とにかくランケル側から監視はついてるだろう。あんなのに不用意に近づいた、自分のうかつさを恥じてるよ。ここで向こうに難癖つけられる口実を作るわけにはいかないんだ。頼む、分かってくれ」
「……私に拒否権などないのだろう?」
「まあね。断ったらそれなりの対応を取らせてもらうよ。……何にせよ、こっちはデカい爆弾抱えて生活してるんだ、火種は消しておいた方がいい。あんたのような、地上でバカ騒ぎした前科のあるような人間を、あいつの側には置いておけないよ」
「誰のせいだと思っているんだ」
「うるさい、大元の原因については思い出すと悲しくなるから忘れさせてくれ!」
 山田がそう叫んだ瞬間、それなりに高度を上げていたじゅうたんと同じくらいの高さで、花火が大音響を立てて開いた。
「合図だ、行くぞ!」
「……逃亡用の合図にしてはいくらなんでも目立ちすぎるんじゃ」
「あいつは派手なのが好きなんだよ!」
「だからと言って見つかったら元も子もないだろうが!」
 そう言っている間にじゅうたんは高度を下げ、浮遊都市の外へと向かう道を滑っていく。クロンは風になびくマントを押さえながら、相変わらずどこか嬉しそうな表情のままじゅうたんを操る山田の横顔を、何とはなしに見つめていた。









 暇をください三分ばかり



 初めての三者面談シーズンがやってきた。
「おい藤原、三者って自分と担任と親のことだよな?」
 しかもなんかここに妙なことで困っている奴がいた。
「しばらく会ってねえなー、親。十五日って暇かなあ、つーか元気に生きてるかなあ?」
「それって実の両親に吐くような台詞じゃ……」
「いいんだよ別に実の両親じゃないんだから。えーっと、取りあえずメールでも打っておこうかね」
 そういえば以前、この男・山田太郎の妹が、そんなことを言っていたような気がする。
「オレが一歳の時に両親が離婚してな。何だかんだで今の両親に引き取られるまで、聞くも涙語るも涙の物語があるけど別に聞きたくないだろ。もっとも物心ついたときには今の家にいたから、オレが何を話せるわけでもないけど」
 さらりとディープな家庭の事情を語りつつ、山田はプリント片手にメールを打っている。まあ、確かに聞いても詮無い気がするけど。
「上手く落ち合えるといいけどなー」
 それはなんか間違ってる気がするのは私だけですか。

 面白そうなので山田太郎の両親を見てみようと思った。こっそりと、廊下の角から山田の様子をうかがう。と、そこに綺麗なおばさまが一人やって来た。柔らかな笑みを浮かべた、それはそれはいい人そうな女性。
「母さん! よかった、間に合いましたね」
「ええ、なんとか」
 取りあえず、きちんと昇降口の方から歩いてきたのにはホッとした。どこかぎこちないようにも見える二人は、連れだって教室へと入っていく。壁にぴたりと身を寄せ、中の様子をうかがった。
「こんにちは、どうぞお掛けください」
 担任の声がする。思ったよりもはるかに普通の母親と一緒に、山田は大人しく座っているようだ。なんて悪の魔法使いに似つかわしくない光景。
 そういえば、よく考えたら山田は、たまに頭髪検査に引っかかる程度で品行方正な生徒だった。その頭髪だって、あとで地毛だといつも弁明しているし。成績だって確か中の中くらいは取れていたはずで、軽音楽部の活動もきちんとやっている。あと、確かなにか委員会もやっていた気がするが、そこまでは覚えていない。だから、まあ、淡々と進む展開にも、納得はするけれど。
「しかし、ちょっと欠席が多いのが気になりますね」
「そう……ですか」
 おばさまが言葉を詰まらせる。それはまあ、確かに、魔法使い業のせいだなんて言えるわけないし。
 その時、突然携帯電話の着メロが響いた。山田のではない。
「ああ、ちょっと失礼します」
 おばさまか。
「ええ、そうよ、……え? あ、あのちょっとお暇を下さい三分ばかり。すぐ戻って参ります」
 トコトコと廊下に出てきたおばさまは、深刻な顔で話をしている。
「ちゃんと確認したんでしょうね? ええ、そうよ……本当なら、大変だわ」
 私は思わずロッカーのかげに隠れる。いや、別に必要はないと思うのだが。
「え? 近くまで来てる? ……ええ、わかったわ、今行きます」
 そう言うとおばさまはちらりと周囲に視線を走らせ、廊下の傘立てに入っていた傘を一本掴む。え、まさか。
 電話を切って窓を開けた。大きな可愛い傘を広げ……
「借ります」
 飛んだー!
 待ってくださいそれ傘です。メアリー・ポピンズですかそうなんですか。ああでもふわふわと青空を飛んでいく様はやっぱりメアリー・ポピンズ! 違うよ、それ絶対移動手段として間違ってるよ!
 その後三分でおばさまは戻ってきた。何事もなかったかのように傘をたたんで傘立てに戻し、教室に戻っていく。
「すみません、急に仕事の電話が入ってしまって」
「いやいや。それで、今息子さんとも話していたんですけど――」
 間違ってる。なんか間違ってるよ! 具体的に指摘できないけどなんか違うんだよ!
 廊下の壁にはりついてハラハラしている私をよそに、三者面談は終わってしまった。まあ、山田にはちゃんと本業があるみたいだし、進路には困らないだろうけどさ。
「それじゃあ母さん、また用があったらメールします」
「用がなくても、週に一度は連絡入れなさいって言ったはずだけど」
「忘れてました」
 しゃあしゃあと答える山田。おばさまは、それじゃあね、と言って窓を開けた。待ってくださいおばさま、その魔法のじゅうたんはどこから出してきたんですか。せめて屋上から飛び立ってください。
 おばさまを見送っていた山田が、あ、と声を上げる。ロッカーの上に巾着がひとつ。おばさまの持っていた荷物だ。
「待ってください母さん、忘れ物……ええい、借りるぞ!」
 苛立たしげに、山田はそばにあった傘立てから傘を引っこ抜いた。そのまま傘を開き、窓から飛び出す。待て、ここを何階だと思ってるんだ。
「お前もかメアリー・ポピンズー!」
 私の叫びをよそに、傘を開いた山田はふわふわと、青い空へ消えていった。
 親子とは、かくも似るものなのか。そう思いながら、私は空を見上げた。









 もしもの話 」の読了を推奨



「ねえミズキ、もしもの話なんだけどさー」
「ん?」
「『もしもボックス』があったら、まず何て言う?」
 そんなことを真顔で聞かれても困る。大体こいつ、この間からどうも言動がおかしい。彼女の名前は本庄サトミ、私のクラスメイトだ。
「……何でそんなこと聞くの?」
「いやー……その」
 サトミは言いにくそうに俯いてから、おずおずと二つ前の席に座る深川カナ子を指さした。
「カナ子が、『もしもボックス』を拾ってきたらしいの」
「…………」
 私は頭を抱えた。深川カナ子を一言で解説するとしたら、『電波』という言葉に尽きる。頭のネジが一本どころか三十本くらい抜け落ちている、言うなれば、私たちとは別の世界に片足を突っ込んで生きている人間だ。
 片足どころの騒ぎではないかもしれない。もはや、こちら側には足の小指くらいしか残っていないのではあるまいか。いつも魔法がどうの前世がどうのと話していて、先日など『アタシは選ばれし伝説の勇者』だとかなんとか言いながら、変なデザインの剣――おもちゃだと信じたい――を振りまわして先生に怒られていた。
「あのさ。『もしもボックス』って確か公衆電話の形してるよね? 大きいよね? 間違っても拾えるサイズじゃないよね? っていうかそれって中に入って『もしも○○だったら』って言うとそれが本当になっちゃう、非常にデンジャラスなひみつ道具だよね?」
「……わたしもいつもの電波だと思ったんだよ! でも、その『もしもボックス』のせいで……」
 サトミは深いため息をつくと、どこからともなくスプーンを取り出した。
「見て」
 私の目の前で、銀色のスプーンの首が折れ、ねじ切れ、音を立ててタイル張りの床に落ちた。
「スプーン曲げができるようになってしまった」
「…………」

「で? 深川さんが『もしもボックス』に『もしも皓羅ちゃんにスプーン曲げができたら……』って言ってみたわけ?」
 皓羅、というのは、深川カナ子がサトミにつけたあだ名、というか、コードネーム、というか……とにかく、一般人の私には理解できない呼称だ。
「いや……どうもカナ子は、『もしも皓羅が前世の記憶に目覚めて、その魔法の能力を自在に使いこなせたら』とか言ったらしいんだけど」
「……ごめん、どこから突っ込んでいいのかわかんない」
 魔法の能力って、スプーン曲げの能力なのか? いや、すごいと言えばすごいんだが。
「うん、わたしもどこから突っ込まれていいのかわからない。……そもそも、その『もしもボックス』自体がどうせ何かの電波なんだから、それを見つけて何とかすればいいと思うんだけど……」
「でも、現にスプーン曲げが出来ている、と」
「挙げ句に、前世の記憶らしきものまで蘇ったわ」
「…………」
「そのいわゆる『前世』としか形容のしようがないどこかで、わたしは魔法使いとしてカナ子、いいえその前世である勇者と共に世界を闇に閉ざそうとする大魔王と戦ってー、相打ちになってー、どーたらこーたら……」
 遠くのほうを見ながら、サトミはどこか投げやりにつぶやく。
「……わかった。放課後にでも付き合うよ」
「ありがと」
 力無く笑うサトミの手の中で、スプーンの柄がぐにゃりと曲がった。

 そんなこんなで深川カナ子の家に向かおうとしたその時、私とサトミはあからさまな不審人物に遭遇した。
 電話ボックスを背負った男が前から歩いてくる。たぶん年は私たちと同じくらいだ。サトミが横であからさまに顔を引きつらせる。その男は私たちの方を向いて、そしてサトミに笑いかけた。私はちょっとそろそろ、状況を認識できる自信がなくなってきている。
「誰かと思えば本庄さんじゃないですか。お元気ですか?」
 サトミは返事の代わりに、どこからともなくもう一本のスプーンを取り出した。
「もしも世界に魔王がいなかったら……」
 意味のわからないつぶやきと共に、スプーンの頭が落ちた。

「心配要りません。この『もしかしてもしもボックスかも』の効果は三日で切れるそうです」
 佐藤と名乗ったその男――よく聞いたら隣の学区の高校生だった――はそう言って笑った。どうでもいいけどそれ重いだろ。背負って歩ける重さじゃないよ。
「前世とか魔法とか、その辺りは深川さんの豊かな想像が魔法の力で具現化しただけですから。どこぞの魔法使いがいらなくなったコレをゴミの日に出して、それを深川さんが拾ったってことみたいですね。僕は友人に頼まれて、こいつを回収しに来たんです」
 頼むからそのもしもボックスもどきを使わせてくれ、と私は心底思った。
 もし使わせてもらえるのならば、「もしも『もしかしてもしもボックスかも』がなかったら」と、全速力で叫びたい。説明なんかいらない、すべてを忘れたい。
 どうやら私もサトミと同じく、深川カナ子の電波の世界にはまりかかっているようだった。









 台詞忘れた!



 シュリフィード中心部のカラオケボックスで、山田太郎は向かいで「だんご三兄弟」を熱唱する友人をぼんやりと見つめていた。
「なに、次の曲入れてないの? そんなら次も俺が歌っちゃうよー」
「好きにしろよ。オレ、今歌うような気分じゃないんだ」
「おーっと、それは良くない。悩みがあるなら親友の俺様にちょっくら話してごらんなさーい」
「……秋本。いつからオレとお前は親友になったんだ?」
「あれはかれこれ十年前、幼稚園の卒園式で誓ったじゃないか、『ぼくたち初等学校に上がっても親友だよ』って」
 そう言って、友人――秋本芳晴はけらけらと笑う。山田もつられて笑みをこぼした。秋本は手元の分厚い曲集をぱらぱらとめくり、入れた曲は「般若心経」。
「……こんなの入ってたのか」
「何言ってんだお前、もうすぐ日本じゃ般若心経の童謡風アレンジがCDになるんだぜ! これからは般若心経の時代が来るんだよ!」
「来ねえよ。……まあ何にせよ、昨日は手伝わせて悪かったな」
「まあ、監視員ごまかすくらいならお安い御用。『音』にまつわる魔法を使わせたら城下一の、この秋本様に任せなさーい。不良学生をなめたらダメデスヨー。お前に頼られるなんてあまりにもレアな事態だから、俺もちょっとやる気になっちゃったしねー」
 画面には般若心経が延々と映し出されている。異国の宗教にはさほど興味もないらしく、秋本は画面を無視して話を続ける。
「で? 日本では友達できたの? お前さー、グリーティングカードとか一切返して来ないでしょ。そういうの良くないよ、友達なくすよー。お前と十年間も友達やってきた俺が言うんだから間違いない」
「……元々、今でもつき合ってくれる友達なんぞお前くらいのもんだろ」
「まあ、普通はあんまり関わり合いになりたくないかもなー。でも明らかにお前も悪いだろ。せめて学校くらい来いよ、中等学校までは義務教育だったんだぞ」
「学校サボろうがグレようが家出しようがオレの勝手だろ!」
「そうは言ってもねー。それはそうとグレるってもう死語じゃない? そういえば『グレる』って語源をたどると『ハマグリ』に行き着くらしいぜー」
 とりとめもなく言いながら、秋本は次の曲を入れる。マイクを手に取り、山田の方に差し出してきた。
「歌う? 『日本国憲法前文』」
「いらねえよ、つうかなんだよソレ」
「歌わないなら俺が歌う」
 日本国民は、正当に選挙された……と日本国憲法前文の朗読をはじめる秋本。
「外国の憲法なんか歌って楽しいか?」
「別に楽しくはないけど、ネタとしてはとても美味しいよ」
 早口に言って、また朗読に戻る。どこまで朗読が続くのだろうと訝ったところで、秋本の声がつっかえた。
「山田、この後の台詞忘れた!」
「歌詞読めよ! 外国の憲法なんか知らねえよ!」
「うるさいな、漢字が難しいんだよ!」
 国民がこれを享受する、という文字が流れていった。途中からメロディが入る。
「山田、これは」
「タタるとタカいでタタタカな?」
 崇高な、という文字が流れていった。
「あれ、何だっけこれ」
「つ、努めてみる?」
 努めてゐる、という文字が流れていった。
「山田、メンかれって何だ!」
 ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、という文字が流れていった。
「……すごいなー、日本国憲法前文」
「色んな意味でな。しかもさり気なく結構いいこと言ってるよな」
「でも絶対に途中のアレはタタタカじゃなかったよねー」
「こっちに聞くな、オレが漢字ダメなのはお前も知ってるだろ!」
「そうだっけ、でも俺よりマシじゃない? じゃあ次は同じミュージシャンで『九条』!」
「まだあるのかよ!」
 日本国憲法第九条が歌になって流れてきた。これはこれで親しみやすくていい、とも思うが、さすがにちょっと疲れてきた。
 武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する、と文字が流れていく。
「まあ、別に武力なんざ使わなくても、国なんて十分に滅ぼしうるけどな……」
「おっ、悪の魔法使い様らしい発言ですな。で? 戦う相手は?」
「さあ……ね、オレはこの国を守るだけで精一杯さ。こっちからアクション起こすなんて、恐ろしくてとてもやる気になれないよ」
「相変わらず、変なところで愛国者なんだなー。まあ、いいけど。俺だって、ランケル帝国あたりの属国になる、なんてのはイヤだしねー。あ、終わっちゃったな、よーし次はデュエット行くぞー」
 笑いながら、秋本はテーブルを越えて山田の横に腰を下ろす。カゴに入ったままだった二本目のマイクを山田に押しつけ、入れた曲は「3年目の浮気」。
 思わず男パートを熱唱してしまいながら、山田はかたわらで歌う秋本に向けてささやく。
「やっぱりオレ、本当にこの国が大好きだよ」
 不思議そうな顔で振り返った秋本に、山田はにこりと笑いかけた。









 すみませんでした 」の読了を推奨



「いい加減、悪ふざけも度が過ぎるんじゃないの?」
 佐藤浩はそう吐き捨てて、目の前に立つ男を見つめた。
「あの『ドッペルゲンガー』とやら、早く解放してあげてよ。僕なんかに付いたらかわいそうだ――ねえ、『大臣様』?」
 年の頃は二十歳くらい。夜の闇に紛れて表情はうかがいにくい。立てた茶色の短髪、セルフレームの眼鏡、シルバーのアクセサリーといういでたちのその若者は、佐藤の方をちらりと見てから口を開いた。
「それは私にどうにかできる問題じゃあない。――ところで未来の『魔王様』、あんたはどこまで事情を知ってるんだい? 一郎には何か聞いたか?」
 佐藤の従兄である、今の魔王の名を出して、大臣と呼ばれた若者は首をかしげる。二人の対峙する夜の公園には愛し合うカップルさえおらず、彼は背後にあった空いたベンチに大きな態度で座ると、挑発的に佐藤の方を見上げた。街灯の光が当たる場所に来て、ようやく若者の顔がはっきりと見てとれる。
 整えた眉、きちんと手入れされている茶髪、両耳あわせて五個のピアス。大学生だという彼が当代の「大臣」、つまり「魔王」とその眷属のもとに勇者をし向け、こっそり監視にもやってくる、「王」の忠実な部下だ。
「一郎兄さんは何も言わないよ。あいつは自分の『役』を否定してるしね。ただ僕が、たまたまこのシステムの端っこを掴んじゃっただけさ。僕は弟にこんな話をするつもりはないし、あなただって僕がベラベラ喋ったりしたら困るだろ? 何せ、『上』のことは下界には教えちゃいけないわけだし、ね」
「一つ目の質問に答えろ。あんたはどこまで知っている?」
「あなたが期待しているほどの情報は持ってないよ。そして、僕が何をどこまで知っているか、っていうのは、簡単に喋っていいような軽い情報じゃない」
 若者は黙ってパチンと指を鳴らした。佐藤が眉をひそめる。その視線の先では複雑な表情を浮かべて、いつか見たドッペルゲンガーが立っていた。
「……お久しぶり。その節は殴って悪かったね」
 佐藤が片手を挙げると、ドッペルゲンガーは会釈で返してきた。
「つい本気出しちゃったんだ。痛かったでしょ」
「そんな、こちらこそすみませんでした。謝っていただけるなんて勿体ない。むしろあの面白くもないファーストコンタクトの後で、あなたがわざわざ私を捜して戦ってくれたことが、私、とても嬉しかったです」
 笑顔で答えるドッペルゲンガー。
「だってさ、大臣様。こんな素直でバカで有能な刺客を、どうしてよりによって、一郎兄さんじゃなくて『僕の元に』差し向けたのか教えてくれない?」
 薄い笑みを浮かべたまま、佐藤は若者に尋ねた。首を回し、大きくのびをしてから、若者は佐藤の方へ向き直る。
「感づいているようだから、簡潔に言おう。『君の口を封じるため』だ。私が仕えている――なんて紳士的な言い方はものすごく気にくわないんだが――方にとって、あんた達は『ランケル帝国の』転覆を狙う、もしくは治安を乱す『魔王』でなければならない。あんた達の存在を口実に、上じゃあ金や人間がたくさん動いているからね。あんた達の爺さんの代までは、そんな事情を知った上で動いていたらしいんだが、あんたの爺さんには何か考えがあったようでね。あの爺さんは息子や孫に、一切『上』の存在を伝えなかった。そうなった以上、今になって裏の事情をあんた達に伝えることは、あんた達を実際に『治安を乱す』行動に駆り立てるきっかけにならないとも限らない。それは困る」
 若者は唇をゆがめ、笑みとも何ともつかない表情を浮かべた。
「あんた達が生きているだけで魔物を呼びよせるように、私も生きている限りこの役目からは逃れられない。だから――何も起こらなければ、その方がいいんだ。イレギュラーな要素は、排除しておいた方がいい」
 後は任せたよ、と言って若者はベンチから立ち上がり、夜の闇の中へと消えていった。残されたドッペルゲンガーはその後ろ姿を見やり、小さくため息をつく。
「あの方は、悪い方ではないんですよ。ただ、あなた達一族のことを、心から憎んでいるだけで」
「………」
「勝手なお願いだとは、思いますが……出来ることなら、あの方を……助けて、あげてください」
 今日は戦うのは止しましょう、と言って、ドッペルゲンガーはその場からかき消えるようにいなくなった。
 ひとり夜の公園に残された佐藤は、空っぽになったベンチに座る。
「冗談じゃない」
 佐藤の連れる魔物の他に、その言葉を聞く者はいない。
「あんな役目は一郎兄さんが一人でやっていればいい。僕は――」
 ランケル帝国が浮いているという南西の空を睨み、佐藤は拳を握りしめた。






>「文字書きさんに捧ぐ46の台詞。」につづく


う〜て へ / 戻る

Copyright (C) 2003-2004 Runa Gekka All rights reserved.