さくらが丘のうそつきデュラハン
-3 カメラの悪魔とうそつきデュラハン-


カメラの悪魔とうそつきデュラハン :3
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 部屋に戻るとなぜか加藤が待ちかまえていた。
「よう来たな! まあ座って、ゆっくりしていけや」
「ここが誰の部屋だと思ってんだ」
「コウちゃんの部屋」
「次にコウちゃんって呼んでみろ、灯花ちゃんを呼んで祓ってやるぞ」
「了見の狭いやっちゃな」
 有坂の名前を出さなかったのはせめてもの気遣いだ。加藤はつまらなそうな様子でベッドに横になる。布団はへこみもしない。
「どけよ」
「ええやん、まだスペースはいくらでも開いとるで」
「ハナならともかく、お前と添い寝なんか死んでもごめんだ」
 ベッドの枕元に腰掛け、犬を追い払うようにしっしっと手を振ったが加藤は動じない。
「どいてもええけど、その代わりに頼みがあんねん」
「頼み?」
「ああ。大したこっちゃないはずや、人間様にはな」
 加藤が起きあがってボールのように頭を放り投げると、鎧が消えて若い男の顔が現れる。ふと見れば、剣だったものは黄色いメガホンになっていた。腰にメガホンを差した加藤は頭を首の上に据え、行くで、と言って部屋を出ていく。断って添い寝されるのも嫌なので、俺はあくびをしながら加藤の後を追った。
 なんとなく徒歩で来てしまったが目的地は意外に遠く、気がつけばさくらが丘のはずれ、畑がまばらに広がるところへ来ていた。
「こっちや、こっち」
 手招きする加藤の足元から何かが聞こえる。単調なリズムではあるけれど、たまに途切れるかすかな鳴き声。
「……ネコ?」
「ああ」
 見れば排水溝のフタが一枚開き、その中で三毛猫が助けを求めるように鳴いていた。出ればいいのに、と思ってしゃがんでみると、どうやらたっぷりした体が狭い溝にぴたりとはまって出られないようだ。
「頼みって、もしかしてこれ?」
「ああ。助けたってくれや」
「これくらいお前にもできるだろ」
「そういうワケにはいかんねん、頼むわ」
 そばのフタを外して十分なスペースを確保してから、両袖をまくって右手首のバングルを外しポケットに突っ込む。水の中に手を入れるのは今日だけで二度目だ。今日はきっと水難の相でも出ているのだろう。
 さっきはまだ左手だけで済んだから助かった。右手首の内側にある白っぽい縫合痕は見せるとたいていの人間に哀れむような蔑むような視線を向けられる。それ自体は別に構わないのだが別にわざわざ手首を切ったわけではなくたまたま落として割った食器で切っただけなので、下手に同情されたり事情を詮索されたりするのはとても不本意だ。腕の火傷だって別に好きこのんで作ったわけではない。こんな満身創痍の俺の喉にさらに派手な傷を残すなんてどこぞの妖怪もひどいことをする。だがこの理不尽を神様のせいになどしてはやらない。悪いのは全て俺の美しさなのだ。そうに決まっている。
 暴れていたネコは俺が無理やり引っ張り出すとぶるっと体を震わせる。水滴が思いきり飛んできた。俺のことなど歯牙にもかけないつもりか。さすがはネコだ、素晴らしい。
 恩人に感謝する気配もなく悠然と歩き出すネコの首には赤い首輪が巻かれていた。
「これでサチコも安心やな」
「誰だよそれ」
「飼い主に決まっとるやろ。ずっとミケを探しとったんやで」
 俺も誰かかわいい女の子に飼われたい、とかなんとか考えながら歩いていると向こうから小学生くらいの女の子が走ってきて、ミケを器用に抱き上げるとどこかへ駆けていった。あれがサチコだろう。
「妖怪ってのは、人の願いを叶えようとする生き物……ってわけか」
「強い願いには惹かれてしまうんや。これでも自分でやってしまわんよう我慢したんやで。この前はつい自分が抑えきれんで、暴走バイクのタイヤをパンクさせてもうた」
 穏やかでない話だが、夜中に駆け回る暴走族が鬱陶しいのは確かだ。最近はバイクではなくスクーターで暴走する志の低い野郎も多い。あれはそのうち自転車や三輪車になるのではないだろうか。
「事故になっただろ」
「ならんよ、停まっとったバイクやもん」
 でもなあ、と加藤は笑った。
「そこで折悪しく、郁葉に見つかってしもてな。判定はアウトやった。一度やってまうとクセになるんよ、それをあいつもよう分かっとんねん」
 もう一ヶ月近く前の話や、と加藤は肩をすくめた。表情をうかがおうとしてじっと見つめると、加藤はあっと言う間にまた鎧をまとう。
「あちらを立てればこちらが立たん。十年間もうまいことやってきたのに、これでもうお尋ね者や。そのうち郁葉に祓われて消えてまう、はかない命なんよ」
「さくらが丘を出ればいいんじゃないか?」
「嫌や」
 俺の家へ向かう道を歩き出しながら、加藤は大きくのびをした。
「まだ、わいを必要としとるもんがおるからな」
「『みっちゃんとおばけ』の出版は十二年前だったな。当時のガキはもういい年だぞ」
 顔だけを鎧から出して、加藤は不思議そうな顔で首をかしげた。
「知っとんのか、あの本」
「ああ。あのデュラハンのモデルはお前か?」
「逆や、逆。わいのモデルがあのデュラハン。みっちゃんがそばにいてほしいと願ってくれたから、わいはこの世に生まれたんよ」
 暗闇が怖いみっちゃんは、さくらが丘じゅうにおるからな、と加藤はつけ加えた。
「せっかく生んでもろた命やから、大切にしたいんやけどな」
 ふと胸の奥が騒いで、俺は視線を逸らした。どうしてこんなヤツの言葉のために俺は動揺しているのだろう。どうだっていいはずだ。有坂が言うとおり妖怪は妖怪で、だからこいつがいなくなって悲しむ人間の数なんてたかが知れている。こいつがいなくなったとき、そのことを知りうる人間の数なんてほんのわずかでしかない。
「そうは思わへんか、コウちゃん?」
 コウちゃんって呼ぶな。
 俺は答えられずに黙って歩調を早めた。


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