さくらが丘のうそつきデュラハン
-3 カメラの悪魔とうそつきデュラハン-


カメラの悪魔とうそつきデュラハン :2
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 せっかくの日曜日に俺はこんなところで何をしているのだろう。さくらが丘から二駅先にあるショッピングセンターを歩きながら俺は前を行く有坂を眺める。今いる服屋はどれも驚くほどの安値で品質もだいたい値段相応。それにしても五百円以下のシャツがこんなにあるとは思わなかった。一着くらい買っていってもいいかもしれない。
「すいません、つき合わせちゃって」
 三階建てのショッピングセンターを最大限に活用すべく有坂はきっちり計画を練っていた。人手として自分の妹を考えていたらしい有坂だが、俺がたまたま明日は暇だという旨のメールを送ってしまったがためにターゲットを俺に切り替えたらしい。「やっぱり男の人は持てる量が違いますね!」とさわやかに言われてはどうしようもない。そこでついでのように有坂の父親がずいぶん昔に死んでいることを聞かされて俺はちょっと反応に困った。
「あたしに妖怪が見えるのって、父からの遺伝みたいなんですよね。妹はほとんど見えないから、家の中で妖怪と話せるのはあたしだけなんです」
 そんな話を聞いて、妖怪が見えるというのが遺伝的性質であることを俺は初めて知った。
 服屋で目的のものを見つけたらしい有坂は腕時計で時間を確かめ、俺をベンチまで案内してからスニーカーの靴ひもを確かめた。
「先輩はここで待っていてください。すぐ戻ってきます!」
 どうせ俺はお一人様いくつの商品を確保するために必要な頭数でしかなく、アグレッシブに走っていく有坂を見ながらベンチでティッシュペーパーとキャベツとネギの番をする他にやることもない。
 ベンチで伸びをして周囲を見回した。この町には妖怪がいない。どこかにいるのかもしれないが出てこない。さくらが丘では右を向いても左を向いても妖怪がいるような有様だが、おそらくあちらのほうが異常なのだ。なるほど、たしかにさくらが丘はおかしな町だ。
 境界線はどこにあるのだろう。北東側を考えれば、駅の向こう、団地のあたりにはまだ妖怪がいる。では南東側はどうだろうか。この町へ抜ける山道の途中まではちらほらと妖怪を見かけたが、たしか市境を越えたあたりにはもうそれらしき存在はなかった。
 そんなことをぼんやりと考えているうちに冬服を買い込んだ有坂が駆け戻ってきて「なかなかいい買い物でした」と言いながら俺の隣に荷物の山を築く。家からここまでは線路と並行する道路でたった五キロの道のりだが、これだけの荷物を積んで走るのは面倒くさそうだ。
「あ、そうだ! 忘れずにカメラのフィルムも買わないと。行きましょう」
 両腕を最大限に活用して有坂はたくさんの紙袋を抱え、俺は余った袋を担ぐ。デジカメ全盛のご時世にフィルムとはレトロな、と考えたところでふと気がついた。そのフィルムは何を撮るために使うんだ?
 これまでは値札を睨みながら一円でも安く買い物をしようとしていた有坂だが、フィルムだけは安いほうから二番目のものを数えもせずにカゴに放り込む。両腕にそれだけの買い物袋を提げたり抱えたりした上で、よくまあ両手を開けて買い物ができるものだ。
「そんなに撮るの?」
「いえ、お祓いするのに使うんです。強い妖怪だと、一回撮っただけでフィルムがダメになっちゃうんですよ」
 カメラの悪魔はあどけなく笑う。短い三つ編みがぴょこんと揺れた。思わず抱きしめたい衝動にかられたが普通の女の子はそんなことをすると激怒しながら殴ってくるので、互いに両手が塞がっている今はやめておくことにする。いや有坂の場合は慌てるだけで怒りはしないかもしれないが、彼女が右手に提げている大根で殴られたりしたら本気で痛そうだ。
「お祓いって、よくやってるの?」
「そうですねー。放っておくと、さくらが丘はひどいことになっちゃいますから」
「ひどいこと?」
「妖怪を放っておくと、色々なことがあるんですよ。あたしがもっと頑張っていれば、先輩だって死なずにすんだんです」
 有坂はそう言うとさっさとレジへ向かってしまった。俺は大荷物を抱えてレジを迂回し、その向こうで有坂を待つ。
 彼女がさくらが丘にあふれる妖怪を祓わなければ妖怪は人の願いをどんどん叶え、結果としてたくさんの人が傷つく、と言いたいのだろうか。
 性善説論者に見える有坂の口からそんな言葉が出たことが、俺には少し意外だった。持っていた紙袋のひとつにフィルムを詰め込みながら有坂がやって来る。俺は歩調を合わせてゆっくり歩きながら会話を続けた。
「それじゃあさ、西町のほうでたまに変質者に子供が殴られるっていうのも、あれはもしかして……?」
「普通の人間の仕業かもしれませんし、妖怪の仕業かもしれません。でも妖怪の仕業だとすれば、あたしが頑張れば止められるんです。妖怪がおかしな事件を起こして不思議がられたりするなんてことも、ちゃんと防がないといけません。悪い妖怪をどんどん祓うのが、あたしの仕事です」
 もしかして彼女は、灯花ちゃんとほとんど同じ理由で動いているのだろうか。悪い妖怪から町を守る、正義の味方。
 頭の中のリストを参照するように視線を天井にやり、それから有坂は小さくうなずいた。
「これで買い物完了です。先輩、どこか行くところありますか?」
「いや、別に。もう用がないなら、さっさと帰ろう」
 CDショップに行きたい気持ちもあるが、この大荷物がやる気を奪う。
「はい!」
 自転車置き場はショッピングセンターの敷地の端にあってずいぶん歩くことになった。どうせ有坂は自転車だろうと踏んで自転車で来たのだが、この荷物を積んで山を越えると考えただけでやる気がなくなる。あれ以上の坂道を通って毎日山奥の学校へ向かう晴妃などはまったく尊敬に値する。
「なあ有坂」
 ペダルが重い。昔なら荷台に縛り付けられる程度の荷物ではここまでの苦労はなかったはずなのだが、やはり筋肉は使わなければ衰えるものだ。
「悪い妖怪って、どうやって見分けるんだ?」
「悪いことをしたら悪い妖怪です」
「悪いことって?」
「人を傷つけたり叩いたり、人間に必要以上に干渉したり」
 すると夏夜などはとうに祓われていてもおかしくない気がする。殴られた話を有坂にしてみたい気もするが、あれを祓ったら住之江が怒り出しそうだ。
「その妖怪が友達だったとしても、祓うの?」
「……仕方ないじゃないですか」
 有坂がぐんとスピードを上げて俺を引き離す。俺も負けじとペダルを踏み込んだ。車輪の直径が大きい分だけ俺の方が有利だ。
「俺は悪い妖怪じゃないの?」
「なに言ってるんですか。先輩は人間ですよ」
「でも死んでる」
「今は生きてます。それで十分でしょう」
「そうかな?」
「そうですよ。家族もいて友達もいて、心配してくれる人だっている。消えたって誰も困りやしない妖怪とは、わけが違うんです」
 有坂はむっとするように眉根を寄せ、それから坂の上を睨みつけた。道路が大きく右へ湾曲し、左手にバス停が見えてくる。目の前にある斎場のためだけに作られたバス停を抜ければほどなくして道は下り坂になり、次のバス停はもう市境を越えた先、さくらが丘の外れだ。
「……べつにあたし、妖怪が嫌いってわけじゃないんですよ」
 とってつけたように有坂がつぶやいた。
「本当に、嫌いなんかじゃないんです。本当です」
 俺にというよりは自分に言い聞かせるようにそう言って、有坂は最後の一歩を踏み込んだ。ここから先はゆるやかな下り。ペダルもずっと軽くなる。
「妖怪が嫌いだと、なにか不都合でもあるの?」
「知りません!」
 考えることすら拒否するように叫ぶと有坂はさらにペダルを踏み込んだ。どんな不都合があるのかなあと考えながら俺はのんびりとその後を追う。有坂は俺との距離が開いたことに気づきわずかに減速した。後ろのカゴから飛び出したネギが風に揺れる。荷台に取り付けるタイプのあのカゴはなかなか便利そうだ。
「ねえ、先輩」
 斎場から少し行ったところには病院がある。こんないかにもという場所にすら妖怪がいないのだからかえって不気味だ。有坂は病院の入口を少し過ぎたところで一旦自転車を停め、俺が追いつくのを待って走り始めた。たまにここを抜け道にするトラックが通るので、車道にはみ出して走る有坂は危なっかしい。
「何か起こったとき、どうして自分だけがこんな目に、って思ったこと、ありませんか」
「ないよ。俺に降りかかるすべてのアクシデントも幸運も、俺の美しさに引き寄せられるものに決まってるからね」
 病院のそばにあった林が切れ、その向こうに線路が見える。線路は地形に合わせて左に曲がり、やがてさくらが丘駅に達するはずだ。
「先輩は美しかったから、妖怪に殺されたって言うんですか」
「ああ。他にどんな理由が考えられる?」
 空はよく晴れていたが西の方には黒っぽい雲も見える。いずれ一雨くるかもそれない。とは言えこの分なら家に帰るまでに降り出すということはない。この荷物を担いで有坂の家に行ったところで十分な時間がある。
「あたしは、神様って意地悪だと思ってます」
 俺の質問には答えず、有坂はため息と共にそう言った。
「妖怪を祓う力なんて、あたしじゃなくて、別の人が持ってれば良かったんですよ」
「いいじゃないか、大抵のものはないよりあった方がいい」
「だって……あたしのせいで」
 言いかけたそのとき背後からエンジン音が聞こえてきた。有坂はスピードを上げて俺の正面に割り込むように自転車をこぐ。路側帯には一台分の幅しかない。左へ曲がったはずみにハンドルに引っかけていた紙袋が大きく揺れた。その中身がスポークに挟まりでもしたのか妙な音が聞こえ、あ、と思う間もなくバランスを崩して有坂の自転車は転倒した。
 俺は急ブレーキをかけたが間に合わず、有坂の自転車の後輪を突き飛ばすような形でなんとか止まった。トラックが一台なにごともなかったかのように通過していく。右側に転んだのではなくて幸いだ。俺はスタンドを立てると見事にすっ転んでいる有坂の元に駆け寄った。
「大丈夫か」
「痛たた……ちょっとすりむいただけです」
 それより、と有坂は散らばった買い物袋を確認し、真っ先にタマゴの入った袋を開けた。
「す、すごい! 割れてないですよ先輩!」
「そりゃ良かった。それにしても見事な転びっぷりだったな。神様の悪口なんか言うからバチが当たったんじゃねえの?」
「う……」
 真剣に反省されるとむしろこっちが困るのだが、とにかく有坂は神妙な顔で買い物袋を拾い集めはじめた。紙袋のひとつが口を開けてひっくり返り、フィルムの箱が散らばっている。見れば前方を流れる水路に浮かんだフィルムがひとつ、張り出した小枝に引っかかって揺れていた。有坂もそれに気づいたらしい。俺は左の袖をまくり、右手でそばの木を掴んで水路端に下りると小さな箱に手を伸ばした。紙箱はふやけているがどうせ中のフィルムはケースの中だ。よほど運が悪くなければ無事だろう。



 なんでこんなタイミングの悪いところに川があるんだろう、と思っているうちに桐生先輩はさっさと動いていた。川縁の若木を掴んで体を支え、袖をまくった左手をフィルムの箱に伸ばす。防水らしい腕時計はつけたままだ。
 そんなことをしたらせっかくの服が汚れてしまいそうで、あたしはハラハラしながらその様子を見守っていた。とにかく先輩の服ときたら、飾りのベルトや紐が多すぎて大変なのだ。シンプルな黒に見えるジャケットはよく見れば布と同じ色でドクロが大きくプリントされていて、光の加減で浮かび上がるようになっている。ウォレットチェーンについた飾りは地面に擦れて土がついているけれど、岸に戻った先輩はまだそれに気づく様子がない。太ももと脛のあたりにぐるぐるとベルトが巻き付けられたジーンズには、日本語に訳したらとても口にできない英語がどぎついピンクでびっしりとプリントされている。悪趣味と紙一重のその格好は、それでもなんとか似合ってしまっていた。かっこいい人は何を着ても似合う、ということなのか、本当にうまい組み合わせなのか、そのあたりはあたしにはよく分からない。
「落ちたのは一個だけかな……あっても流れちまってるか」
 レシートを確認すれば数は分かるんだろうけど、なんとなくこれで全部だろうという気がする。そんなことより、ぶつけた肘と膝が痛くてあたしはちょっと泣きそうだ。自転車で転ぶなんて何年ぶりだろう。それも、こんな何もないところで。
「まあいいや。片づけとけよ」
 桐生先輩は濡れた手で箱を差し出す。どこに入れて帰ろう、と考えながらあたしはふと先輩の腕を見た。夏でも長袖のハデなシャツで歩き回り、体育の時間ですら断固としてジャージを脱ごうとしない先輩だけに、肌は男の人とは思えないほど白い。だからといって生白いわけではなくきちんと筋肉がついていて、触ったらそれなりに固そうだ。
 ところで、その腕にぽつりぽつりと落ちるこの小さな傷は、なんだろう?
 桐生先輩はあたしがフィルムを受け取らないのを見てわずかに首をかしげ、それから自分の腕に目をやって、ああ、と納得したようにつぶやいた。
「タバコで焼いた」
 先輩は腕の火傷を指さし、あたしの疑問に先回りで答えた。その数は一つ二つではない。
 もしかして長袖は日焼けを防ぐためなんかじゃなくて、この傷を隠すため?
「これでも昔は、触るものみな傷つけちゃってた時代があったのよ」
「その歌はちょっと古いです」
「有坂だって知ってんじゃねえか」
 ふん、とバカにするように笑って先輩はジャケットの裾で水滴を拭い、何事もなかったかのように袖を直した。乾燥したオレンジの髪がふわりと揺れる。
「なんか、似合わないですね」
「だから隠してんだろ」
 隠しているんだということはあっさり認めた。
「若気の至りってのは怖いんだよ。分かったらさっさと忘れな」
 そう言われても困る。これはなかなか忘れられそうにない。この傷のこと、みんなは知ってるんだろうか。
「怖い?」
 からかうような笑顔。そうだ。あれだけの数なんだから事故であるはずもなく、確かに根性焼きなんだろう。駅前のスーパーの駐車場や河川敷、たまに鎮守の森なんかにもたむろしているヤンキーの人たちを思い浮かべる。見かけのハデさだけなら、先輩だってあの中に置いても見劣りしない。あたしの想像の中で、先輩がタバコの煙をふうっと吐き出した。
「こ、こ、怖くなんかないですよ! ホントですよ!」
 あたしが答えると先輩はなぜか噴き出し、大笑いしたいのをこらえるように肩をふるわせながら買い物袋を拾ってくれた。あたしはスタンドを立てた自転車の前と後ろに袋を積み直し、なんとかハンドルにかける袋をひとつ減らした。
 それにしても、人は見かけによらないものだ。いや、先輩の場合は、やっぱり見かけ通りだったというべきだろうか。少なくとも変態なんて言葉よりは、不良の方がまだ似合う。先輩は優しすぎて、あたしにはだんだん、先輩が変態と言われる理由が分からなくなってきた。
 隣を走る先輩の顔をちらりと見て、あたしは再び正面に視線を戻す。またひとつ先輩のことを知って、あたしの決意はいっそう強くなる。
 あのバス停を左に曲がればもうさくらが丘の四丁目だ。道をぴょんぴょんと横切る金色の狐にはしっぽが三本。
 これがあたしの住む町だ。あたしはこの町を守らなくちゃいけない。
 たとえそのために、ひとり友達を失うことになろうとも。



「いらっしゃい……なんだ、桐生くんか」
 コンビニの自動ドアをくぐると、あまりやる気のない挨拶が飛んできた。レジ裏の丸椅子に座った店長は、顔をしかめて腰を叩く。人には「もっと元気に!」とうるさいくせに自分はこれだ。もういい加減に若くないということを、この人は最近やっと自覚してきたふしがある。
「大丈夫ですか? なにか手伝います?」
「ああ、心配いらんよ」
 あまり大丈夫そうには見えないので俺は目に付いた棚の陳列を直していく。店長はずいぶん長い時間この棚に手を触れていないようだ。ついでにまもなく廃棄になる弁当を処分してやろうか、それともさっさとプリンを買って帰ろうか、と考えていた俺の目にふと「地元産の商品」コーナーが飛び込んでくる。漬け物やジャムに混じって絵本が置いてあるのは、作家がこの辺りの出身だからということなのだろう。灯花ちゃんが懐かしげに見ていたことを思い出して、俺はその絵本を棚から抜き取った。
 それにしてもさっきの有坂の顔は傑作だった。怖いなら怖いと素直に言えばいいのに。どのみち俺は女の子を殴ったりはしないし、まして有坂に危害を加えたりはするはずがない。俺がいじめるとしたら、それはその暴力を三十倍にして返してくれるような女の子だけだ。もっと淡々とした反応をしてくれると思っていたのであの驚きようは意外だったが、まあ根性焼きなどという文化とは対極にいるような女だから、あれくらいの態度は仕方ないのかもしれない。例によってあの話の半分はウソだが、たぶんすっかり信じているのだろう。
 絵本は「みっちゃんとおばけ」という、タイトルからはさっぱり内容を想像できない代物だった。髪を二つくくりにして毛布を握ったパジャマ姿の女の子がみっちゃんだろう。寝る前には髪をほどかないとクセになってしまうと思うのだが絵本に向かってそんなことを言っても仕方ない。
 水彩絵の具らしきやわらかいタッチの絵は見ているだけで心がなごむ。ページをめくると、左側にイラスト、右側に横書きの本文があらわれる。窓から見える夜空には月。みっちゃんはベッドの前に立っている。どうもみっちゃんは、夜の暗闇が怖くて眠れないらしい。
 次のページで玄関のドアがノックされた。「ごめんください」という声にみっちゃんは「はあい」と応えてドアを開ける。泥棒や不審者だったらどうするんだ。そういえばみっちゃんの家族はどこへ行った。
 「こんばんは」「きゃっ!」というシンプルな台詞のあとに一行。「みっちゃんの家にやってきたのは、おばけさんたちでした。」あまりの急展開に俺は驚いたがタイトルにも「おばけ」と入っている以上は仕方のない展開だろう。まず入ってきたのは狼男。ふんわりした絵柄のせいで犬にしか見えない。
 「こわがらないで、みっちゃん」と狼男は言ったが初対面らしき彼はどこでみっちゃんの名前を知ったのだろう。ひょっとしてストーカーか?
 一ページに多くて五行しか文章がないのですぐに読み終わりそうだ。そう思ってページをめくった俺は狼男の後ろから出てきた妖怪に驚いた。狼男に吸血鬼はわかる。おばけと言えばそのあたりだろう。
 なのにどうしてその後ろに、デュラハンなんかがいるんだ?
 奥付を確認すると発行は十二年前の日付だった。改めて絵本を眺めてみると、たしかに紙の焼け方は相当な年月を思わせる。
 みっちゃんはおばけさんたちと仲良くなり、狼男のしっぽにリボンを結んだりコウモリになった吸血鬼を追いかけたりデュラハンに肩車されたりして遊んでいる。だからどうしてデュラハンなんだ。十二年前ならファイナルクエストの第何作かも発売されている頃だろうから、そこからインスピレーションを受けたのだろうか。
 そうでなければ、と俺はもうひとつの可能性を考える。加藤は十二年前にすでにさくらが丘に住んでいて、この絵本の作者に目撃されていたというのはどうだろう。
 今度加藤に会ったら聞いてみようと思いながら俺は絵本を閉じた。最後のページはみっちゃんがベッドですやすやと眠っている絵だ。「みっちゃんはもうこわくありません。くらやみのなかにはおばけさんたちがいて、いつもみっちゃんをみまもってくれているのです。」そんな文章で絵本は終わっていた。
「どうした、怖い顔で」
 プリンと絵本をレジに持っていくと店長がそんなことを言ったので俺は「なんでもないですよ」と明るく答える。そんなつもりはなかったのだがよほど妙な顔をしていたらしい。
「読むのか?」
「はい」
 怪訝そうな顔をしながら店長は絵本をプリンと一緒に袋に入れる。絵本というのは意外に高いものなのだと会計のときにやっと気がついた。


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