スプリング*スプリング5 「国際交流のスゝメ」 月香るな |
藤原春月は、窓際の席で頬杖をつき、必死に眠気と戦っていた。 二年生になって数日、窓から見える景色が変わったことにも、専門科目が増えた時間割にも慣れてきた。 「……これで、あんたが一緒じゃなきゃ最高だったんだけど」 つぶやくと、隣の席の山田太郎が不満げに口をとがらせる。 「仕方ないだろ、同じ国際科なんだから! 大体、くじ引きで席決めたはずなのに、どうしてよりによってお前の隣なんだよ」 眠くて言い返す気にもなれず、春月は机に突っ伏した。 やがて一時間目の開始を告げるチャイムが鳴り、ドアが勢いよく開いた。確か科目は「異文化理解」。国際科の専門科目だ。 「おはようございます!」 朝っぱらから元気に挨拶して、担任でもある英語教師は教室に入ってくる。その後ろから、のっそりと一人の外国人がついてきた。 「今日は外国文化を理解しようということで、ヌルズンバ王国からの留学生をお呼びしました!」 長身の男は、身を縮めるようにして「コンニチハ」と挨拶した。彫りの深い顔に縮れた黒髪という、分かりやすい外国人だ。 「ハジメマシテ。私、タカノハナ・アケボノと言いマース」 そう言って、外国人はぺこりと頭を下げる。 「……あのさ、なんか今、すごく精神力を削られたんだけど」 「お前もか」 春月のつぶやきに、山田の同意の声が返ってきた。 「ところでヌルズンバ王国ってどこだ? アフリカか?」 「知らないわよ。雲の上とかにあるんじゃないの?」 「いや、聞いたことないなあ」 山田が小声で答えたその時、ふとアケボノと山田の視線が合った。アケボノは「OH!」とつぶやいてから、声を張り上げる。 「父サーン、この教室から強イ妖気を感じマース!」 「あら、それはいけませんね」 「仕方がアリマセン、私の国の伝統行事で、お祓いをシマショウ! では皆サン、立ってクダサーイ」 いきなりかよ、むしろ誰だよ父さん、と思いながら立ち上がる。 「それデハ、あの空に向カッテ……」 アケボノの指示で、生徒達が窓の方を向いた。 「サアご一緒にー、『UFOよ来イ!』」 「待て! 違うだろ!」 唱和しかけたクラスメイト達を無視して、思わず春月は叫ぶ。 「春月、異文化に対してそういう態度はよくないわ」 「輝美、あんたは納得してるわけ!?」 親友の言葉に噛みついた春月の肩を、アケボノが叩いた。 「イケマセン。信じるココロがないと、妖精、死んでシマイマス」 「どっから出てきたの妖精!?」 「妖精はアナタのココロの中に居マース。サアもう一度、『UFOよ来イ!』イイエ、もっと情熱的に、『UFOよ来イ!』」 何度目かのかけ声が響いた、その直後。 「あ、UFOだ!」 誰かが叫ぶ。まさか、と思って空を見上げた春月の前で、銀色のアダムスキー型円盤が、よたよたと空を泳いでいった。 |
「……あの、すいません、何ですかアレ」 「あ、しまった」 春月の隣で、山田が無責任につぶやいた。 「王子を飛ばしておいて、回収するの忘れてた」 「あ、あれ王子なんだ!?」 「うん、王子。……あれ、ヤバい、こっちに来るぞ」 さすがに騒がしくなった教室の中で、アケボノが「NOOOO!」と叫んだ。 「た、大変デース! 本当にUFOが来てシマイマシタ! 世界は破滅デース! 皆サン、急いでアノUFOを撃ち落としマショウ!」 アケボノの手には、いつの間にか竹やりが握られている。 「自分で呼んでおいて、その反応はどうなのよ」 「きっと伝統的な儀礼行為だから、実際にUFOが来るかどうかなんて重要じゃないのよ」 輝美が優しくフォローを入れるが、あまり悠長なことを言っている余裕はない。そろそろ生徒の幾人かは、迫るUFOに怯えて逃げ出している。 「お帰り下サーイッ!」 叫びと共に、竹やりが突き出される。そりゃあ無理だろう、と春月が思ったのもつかの間、UFO改め王子は、大きくその体勢を崩した。そのまま校庭へ落ちていく。 「もう意味わかんねえよ」 春月がつぶやく横で、山田も頭を抱えていた。 「……竹やりって、本当に強いんだな。確か昔、飛行機とか魔法の国とかも落とした記録があるって聞いたことある」 「魔法の国は落ちてないだろ」 「これだけ強力な兵器を地上人が持ってるのは、絶対危険だと思う」 「魔法よりは安全だと思うんだけどな」 窓際に生徒が押し寄せて、国際交流どころの騒ぎではない。ため息をつく春月の横で、山田がひょいと窓枠に飛び乗った。 「ちょっと王子を回収してくる」 「……あのさ、ここ三階なんだけど」 「大丈夫、問題ないはず……っ!?」 とその時、飛び下りようとした山田が、唐突に窓枠の上から手前に落ちた。何があったのか分からない、という顔で、周囲をきょろきょろと見回す。 「オー、危ないの事デスネー。私の国デハ、ソレを『バカと煙は高いところが好き』と言いマース」 「奇遇ですね、オレの祖国にもそんな言葉がありますよ。でもちょっと使いどころが違うような」 アケボノを睨みつけて、山田は答える。 「で、何をしたんですか」 「妖精ガ、アナタの命を救ったのデース」 「別に、救ってくれなくていいです」 |
クラスメイトのうちの幾人かは、UFOにも関心がないのか、自分の席で内職に興じている。幾人かは窓際でUFO、もとい王子を見ながら騒いでいるし、幾人かは騒ぎに乗じて与太話をしている。そんな中でただ一人、クラス委員長だけが授業の流れを元に戻そうとしていた。 「タカノハナさん! ヌルズンバ王国って何処にあるんですか?」 やけっぱちのような大声に、アケボノは竹やりを投げ捨て、待ってましたと言わんばかりに持参した画用紙を黒板に貼った。 「ハーイ! ソレデハ皆さん、コチラに注目!」 「みんな、いったん席に戻りなさい! UFOは、後からゆっくり見ればいいでしょう」 アケボノと担任の声に、クラスメイトはあっさりと従った。 「いいのかよ」 つぶやいた春月の声は、喧噪にまぎれて消える。 「……ところで山田、何がどうなってるの?」 「たぶん、あの怪しい野郎も魔法使いで、今も何か魔法を使ったんだと思うんだけど……自信ないんだよな」 アケボノが黒板に貼ったのは、二枚の手書きの地図だった。 「コレが、ヌルズンバ王国の全景デース」 一枚目には、島らしきものの地図が描かれていた。中心部に山、少し離れたところに城、そしていくつかの街が描かれている。 「外国との関係ハ、コノ様になってイマース」 そして、少しだけ縮尺の変わった二枚目。地図の端に、どこだか分からない海岸線が少しだけ入ってきている。 「いや、その縮尺じゃわかんないし」 「たぶんインドネシアよ」 「輝美、それは何を根拠に……」 後ろの席に座った輝美は、春月の言葉には答えず、楽しそうな表情を浮かべて黒板を見ている。ややあって、輝美に背を突っつかれ、春月は振り返った。 「アケボノさんって、男らしくて素敵ね。ま、育人には負けるけど」 「どこから来るのかなーそのノロケっぷり。自分でやってて恥ずかしくない? あんたと藤城、付き合ってそろそろ二ヶ月くらいだっけ? 最近どうなの?」 「ご覧の通り、って感じかな。この幸せを分けてあげたい」 そんな雑談をしているうちに、いつの間にかアケボノの話は進んでいた。自分の職業の話をしているらしい。 「私ハ、『しゃーまん』の見習イをしていマース」 山田がひょいと手を挙げる。 「『魔法使い』とは違うんですか?」 問われた途端、アケボノはオーバーに両手を広げ、「何ト恐ロシイ事を!」と叫んだ。 「あんな胡散臭イ人達と、一緒にしないで下サーイ。私ハ、『しゃーまん』デース。悪を祓イ、豊穣を祈リ、ヌルズンバ王国だけノ永劫ノ発展を願う、素晴ラシイ職業デース」 「その国だけなんだね」 「『しゃーまん』の力には限界ガアリマース。世界平和は無理な願イデース。夢は基本的ニ、努力シテ掴む物デース」 春月のつぶやきに答え、アケボノが満足げに頷いた、その時だ。 突如窓の外に、先ほど落ちていったはずの王子が姿を表した。自己顕示欲旺盛なUFOだな、と思いながら春月はため息をつく。 「おい! 寂しいから俺様を無視しないでくれ!」 「無駄な油売ってないで帰ってくださいよ、バーカ」 山田が小声でつぶやき、舌打ちする。 「オー、またもや妖気の源デース! 日本、とても恐ロシイ所デスネーッ! 帰ったら早速、王様に報告シマショウ」 アケボノは、チョークを取って黒板に何やら紋様を描く。 「日本人ハ、我々ヌルズンバ星人ガ征服するニハ強スギル!」 黒板の紋様は、どう見ても三角形と四角形を重ねた、子供が描くような家の絵だ。隣にチューリップまで生えている。 「クイーン・オトヒメ、今母艦へ帰りマース!」 そんな叫びと共に、黒板に描いた家の絵から煙が吹き出した。その煙は一瞬だけ教室を覆い、すぐに晴れる。煙が晴れると、そこにはヌルズンバの姿も、ついでに王子の姿もなかった。 「やってもみないで、征服できないと判断したのか。努力しないと夢は叶わないんじゃないのかよ、腰抜けが」 どさくさに紛れて手のひらサイズに変えた王子を、学生服の内ポケットにねじ込みながら、山田がつぶやく。 「いや、征服とかされたら困るし。むしろ宇宙人だったのか……いや、待て、オトヒメ? そういえば、なんか今、あの外人が亀に乗って飛んでいくのが見えたような見えなかったような」 「浦島太郎は宇宙人かよ。もう全然意味わかんねえよ……」 十数分前に春月が口にしたその言葉を、隣で山田が繰り返す。 「地上って怖いな」 「全くだ。俺様は早くシュリフィードに帰りたい」 山田と王子が、それぞれ疲れ切ったような声でつぶやいた。 「六割くらいはあんた達のせいだと思うんだけどな」 輝美、あんたの幸せを分けてくれ。 春月は二人から視線を逸らし、窓の外を見上げ目を細めながら、そんなことを考える。 窓の外には、青い空が、どこまでものんびりと広がっていた。 |
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