「月のしずく」   月香るな  「月のしずく」と呼ばれる花がある。  その花は、まるで月から零れた光のように、白く可憐な花を咲かせると言われている。  しかし森の奥深くに咲く花は、滅多にその姿を見せることはない。 「あの……失礼ですが、冒険者の方ですよね?」  村にひとつしかない酒場でジュースを飲んでいた、冒険者……もとい何でも屋の少年は、その声に顔を上げた。隣で黙々と昼食をかき込んでいる彼の相棒は、声に反応する気配すらない。 「そうだけど……俺たちに、何か用?」  話しかけてきたのは妙齢の女性、しかも一般的に言うところの美人だ。ゆるく渦巻いた茶色の髪を後に流し、飾り気のない服を着ている。胸から下げた男物の指輪が目を引いた。 「初めまして。私、ソニア=ラウグレンフォードと申します。突然ですが、冒険者の方にに護衛をお願いしたいのです。承知して頂けますでしょうか? もちろん、相応のお礼は致しますから」  その段になって、ようやく少年の相棒が顔を上げた。値踏みするように彼女の身体を見回す彼の様子は、十代半ばの少年と言うよりは、品の悪い中年男のようだ。 「護衛って、どこか行く気なの? お姉さん」  両手はまだ皿の上の料理を切り分けながら、尋ねる。  そんな相棒の不躾な様子に顔をしかめ、最初に話しかけられた少年がマントの裾を引く。彼の相棒は振り返りもせず答えた。 「サーデ。詳細も訊かずに依頼を受けると酷い目に遭うぞ」 「違う、そういうことじゃない!」  サーデと呼ばれた少年が、相棒の言葉に噛みついた。黒い髪に灰色の瞳をしたこの最初の少年は、腰に剣を差し上半身に皮鎧をつけた、一目で冒険者、と判る格好をしている。かたや彼の相棒の方はといえば、服の上からマントを羽織った、一般の旅人スタイル。 「じゃあどういう問題なんだよ。ああ、お姉さん、こんなの気にしなくていいから。オレはライチ=M=ドーソン。こう見えても魔法使いだから、頼りにしていいよ。で、どこに行くの?」  少年の相棒、もといライチが促すままに、ソニアは喋り始めた。 「……私、どうしても手に入れたい薬があるんです。でもそれを買いに薬師のところに行ったら、材料がないから作れないと言われて。だから私、その材料になる『月のしずく』という薬草を探しているんです。あの窓から見えるラズレフ山に生えていると聞いたのですが、やはり一人で山に入っていくのは不安で」  その話を聞きながら、サーデはふと周囲からの視線を感じた。酒場の親父はにやにや笑いを浮かべ、隣のテーブルの男女はこちらを見ながら、何事かささやき交わしている。  何かあるのだろうか。その疑問を口にするより早く、ライチが彼の方を振り返った。 「で、どうするの? ちょうど財布も軽くなってきたことだし、オレは受けてもいいと思うけどね」 「じゃあそれ『で』いい」  サーデの返事に、ライチが金茶色の眉を不機嫌そうにつり上げた。 「……ね、ねえ君たち、本当にソニアさんと行くの?」  隣のテーブルから、おずおずとさっきの男女が声をかけてくる。何かあるのかと尋ねると、女性はちらりと連れの男性に目配せした。 「うん……もし行くんだったら、テリィって男に気をつけなさいね。テリィ=バリュギレーロム。村の若いので、一応は私たちの友達なんだけど、どうもソニアさんに惚れてるらしいのよ」 「……それで? オレ達に嫉妬するとでも?」 「違う違う。彼ってば、何だかその愛情が歪んだ方向に吹き出しちゃったらしくてね。『月のしずく』を取りに行こうとする人たちを、片っ端から邪魔してるのよ。多分、あの花が見つかったら最後、ソニアさんが村を出ていってしまうからだと思うんだけど」  そこまで言ってから、女性はそっとサーデの耳元に口を寄せた。 「でもどうせ無駄よ。ソニアさんの首にかかってる指輪、帝国の騎士団が持ってるものなのよ。きっと彼女の恋人のだわ、あれ」  きっとその騎士様が病気で、彼女は恋人を助けるために……女性は、自分の言葉に酔ったような顔つきで喋り続ける。話半分にそれを聞きながら、サーデはようやくさっきの視線の意味を理解した。  午後の太陽が傾き始めたころ、三人の姿はすでに森の中にあった。 「すみません。テリィの事なら、気にしなくていいですよ。こっちにも魔法使いがいるんですから。ねえ、ライチさん」 「まあね。……って、『も』? テリィって奴も魔法使いなのか?」 「はい。あ、そんなに心配いりませんよ。別に彼の魔法が怖いわけじゃないんです、私は……ただ、方向感覚に少し自信がないだけで」  そう言って、ソニアは少し頬を赤らめた。照れくさいのを誤魔化すように、手にした羊皮紙を歩きながら広げる。 「これが『月のしずく』です。野生であれば、森の奥深くの、人の手が入らないところにのみ生えると言われています」  羊皮紙に描かれたのは、白い花を咲かせる草だった。そのスケッチをのぞき込んだライチは、納得の行かないような顔でしばらく考え込んでいたが、やがてポン、と手を叩いた。 「――『ライヴァネッヒの杯』だ。オレ達の国ではそう呼んでる。……確か、何とかっていう魔法薬の材料だったよな。何だっけ」 「そ……そんなこと、どうでもいいですから。早く行きましょう」  何故か慌てたように、ソニアは羊皮紙を畳んだ。ライチはちょっと首をかしげていたが、すぐに考えるのをやめたらしい。  それから彼は、右手を斜め上にかかげる。口からつぶやきが漏れたかと思ったその瞬間、一羽の茶色い小鳥が彼の指先に舞い降りた。  その小鳥を左手でそっと撫でながら、ライチは小鳥と会話でもするかのように舌を鳴らす。 「あの……もしかしてライチさんって、鳥と喋れるんですか?」 「らしいね。どうせあいつは野生のかたまりだから、思考回路が似てるんだろ。……っと、こんな事言ったら鳥の方に失礼だな」  小さく肩をすくめるサーデの表情がおかしかったのか、ソニアはぷっと吹き出す。そうこうしているうちに小鳥は羽ばたき、ライチの指先から飛び立った。 「あの鳥を追いかける。その先に『ライヴァネッヒの杯』……じゃない、『月のしずく』があるはずだ。行くぞ」  言うが早いか駆け足で行ってしまうライチを、サーデとソニアは慌てて追いかけた。 「……これはまた」  茶色の小鳥は、ライチが着いてこないせいだろう、空中をぐるぐると飛び回っている。 「鳥には通れても、俺たちには無理だよな」  サーデが一つため息をついた。  三人の前に広がるのは深い谷。これ以上先には進めそうにない。 「他の道を探すしかなさそうだね」 「はい」  随分長い距離を歩いたというのに、ソニアは息一つ乱していない。雑談の合間に、武術には自信があるというようなことも言っていたし、彼女に体力があったところで不思議ではない。だが、それでもやはり大したものだ。息を整えながら、サーデは思った。 「でもまあ、本当にこの山に『月のしずく』があると判っただけでも収穫か……ライチ様々だな」 「そうですね。噂が本当でないという可能性もあったわけですから」  その時、小鳥を呼び寄せ会話をしていたライチが踵を返した。サンダル履きの足で、ずかずかと側の草むらに踏み込んでいく。 「あれ? おい、どうしたんだライチ?」 「どうも、例のテリィ青年がお出ましらしい。足跡を追いかけられたらムカつくから、まいてやろうと思うんだが、異存はないよな」 「いや、別にないけど……っておい! 闇雲に歩き回って平気か?」  ひとつ頷いただけで、ライチは振り返りもしなかった。  手には魔法を使うための媒体となる杖。足下は草に引っかかれないよう長いブーツを履いて、暑いのを我慢しながら、噂の人物・テリィは森の中を歩く。しばらくして、ソニア達のものらしい足跡を見つけたが、それはすぐに途切れてしまった。  仕方がないので、テリィは「月のしずく」が生える場所へ先回りすることにした。獣道から少しはずれた森の中。ソニアに頼まれて薬草を摘みに来る者達を、片っ端から邪魔しているうち、彼は偶然にも「月のしずく」の自生地を見つけてしまったのだ。  ソニアに初めて会った時から、テリィは彼女を理想の女性だと思っていた。こんな田舎の村には似合わない、理知的で強い女性。下卑た言葉をかけてきたゴロツキどもを、素手で倒してしまった彼女を見たとき、テリィには彼女が天使のように見えた。  彼女こそが、自分に転機をもたらしてくれる存在に違いない。元から少々思いこみが激しい性格であることも手伝って、テリィは彼女に告白した。――彼女の答えはノー。  それでも諦めきれなくて、テリィは彼女のために「月のしずく」を探すことにした。そうすれば、彼女だって自分を見直してくれるかもしれないと思ったからだ。  そう、文献であんな記述さえ見つけなければ、自分は今でもソニアのために「月のしずく」を探していただろうとテリィは思う。  ――あの薬草から出来る、魔法薬の効能さえ知らなければ。またはせめて、彼女が自身のために薬を欲していると知らなければ――。 「やっと来たか。しかしここから先には通さないよ」  目の前に立ちはだかって杖を構える赤毛の青年が、テリィ=バリュギレーロムだとサーデが気付くまでには、若干の時間を要した。 「この道を通らなければ『月のしずく』が生える場所にはたどり着かない。行きたければ、僕を倒してから行くんだね!」  口上だけは格好よく、古びた杖を構えて呪文を唱えるテリィ。何が来るのかと警戒しながら、同様に呪文を唱えたのはライチだ。 「ああ、お望み通り倒してやるよ!」 「出来るものならやってみるがいい!」  その言葉に応えて、サーデも剣を抜いた。多勢に無勢だが、テリィは特に臆した様子もない。テリィの放った火球はライチの放った魔法で相殺される。立て続けに別の呪文を唱えるテリィに、サーデがいきなり斬りかかった。その剣が紫電をまとい、咄嗟に避けたテリィの長髪を焦がす。小さく舌打ちして、テリィはサーデとの間合いを取る。魔法使いだけに動きは鈍いだろうと踏んでいたサーデは、意外に素早いテリィの動きに驚いた。 「どっから見ても勝ち目はないぜ? さっさと降参するんだね」 「それだけは御免だよ!」  叫んで、テリィは再び火球を放つ。得意なのだろうか。確かライチの得意は氷の魔法だった筈で、これは相性が悪いかとサーデは舌打ちする。自分の剣は雷をまとう他に能がない。ならば魔法はなんとかライチにあしらって貰うことにして、白兵戦で勝負をつけようと決める。ところでソニアはと見れば、少し離れたところで困ったようにこちらを見ている。下手に介入されて邪魔になっては面倒なので、特に加勢を頼む気はなかった。 「大体、あんたはソニアが好きなんだろ? だったら彼女の望む通りにしてやるのが、愛情ってもんじゃないのかよ!」 「黙れよ、お前みたいな子供に何が判るっていうんだ!」  ライチの言葉が神経を逆撫でしたようで、テリィはヒステリックにわめき出す。 「もしお前達が僕と同じ立場なら、そんな事は言えないはずだッ!」  興奮しているせいか、火球のコントロールが悪くなっていく。あらぬ方向へ飛んでいったひとつが、乾燥していた木に燃え移った。 「お前の事情なんか知るか、馬鹿野郎! まったく、はた迷惑な戦い方しやがって!」  ライチがサーデに目で合図してくる。火を消しにいく気だ。となればテリィの相手は再びサーデに回ってくる。 「別にお前を殺す気はないんだ、さっさと諦めてくれ!」  テリィの背後に回り込んで、紫電をまとった刃を寝かせ背中に押しつける。びくっ、とひとつ身体を痙攣させて、テリィはどさりとその場に倒れた。と言っても感電して身体が麻痺しただけであって、これが真剣勝負だったならこのままとどめを刺している。 「おー、鮮やか」  ぱちぱちと拍手をするライチの背後では一瞬のうちに火が消えて、生木がくすぶっていた。ソニアは感心したような顔で礼を言う。 「さて、こいつをどうするか……殺しとく?」 「いえ、別にそこまですることは無いですけど。むしろ駄目です」 「じゃあ、適当にその辺に転がしておくから」  ライチが手際よくテリィを縛り上げる。途中で彼が目を覚ましたのを幸い、ぞんざいな口調でライチが尋ねる。 「おい。確かさっき、この道を通らないと『月のしずく』が見つからないとかなんとか言ってたな。『月のしずく』のありかを知ってるのか? だったら痛い目に遭う前に教えろ」 「嫌だね。探したければ自分で探せばいい」  そっぽを向いたテリィの襟首を横からサーデが掴む。手には抜き身の剣を持ったままだ。魔法が発動していなくても、やはり剣は剣。 「……言えないっていうなら、言えない理由を教えてもらおうか。あんまりごちゃごちゃ言ってると、本気で刺すぜ?」  ドスの利いた声で言いながら、テリィの眼前に白刃を突きつける様子は、どう見ても悪役にしか見えない。 「格好良いですね。私も尋問やってみたいです、あんな風に」 「え? ……あんまりおてんばが過ぎると、彼氏に心配されるよ」  ソニアの胸元に下がる指輪にちらりと目をやって、ライチは答えた。サーデに聞いた、村娘のうわさ話を思い出しての発言らしい。 「……彼氏? 何のことですか?」 「あれ、その指輪って彼氏のものだって噂だけど……違うの?」  え、と言いながらソニアは、細い鎖でつるした指輪に触れる。 「誤解です。別に……彼氏、というわけではなくて……」  ってことは。言いかけたその時、テリィが派手な叫び声を上げた。 「教えてやる、教えてやるから、だからその剣を引け!」 「あんたが喋り終わったらな」  首筋に刃を突きつけられて、テリィはやけっぱち気味に叫ぶ。 「『月のしずく』の別名は『ライヴァネッヒの杯』だ! ライヴァネッヒは古エルロム語で『愛を司る神』! 決して結ばれ得ない恋人達のために、ライヴァネッヒが地上に使わしたのがぎゃぁっ!」  テリィの声は途中で悲鳴に変わり途切れる。サーデとライチは恐る恐る、テリィの鳩尾に拳をたたき込んだばかりのソニアを見た。 「……すみません。少々見苦しかったもので、つい」 「あ……うん」 (つまり、『月のしずく』は惚れ薬の材料なのか?)  サーデは首をかしげた。しかし結ばれない恋人達のために天が使わすと言うならば、それはもう惚れ薬しかないのではないか。  ソニアの方は、心なしか必要以上に頬が上気しているようだ。 「行きましょう。きっとこの先に『月のしずく』があるはずです」  そう言い捨てて、ソニアは白目をむいて気絶しているテリィをそのままに、森の奥へと歩いていった。 「恋する乙女は強いってことかね?」 「そうだろ。テリィもよりによって皮肉な相手を選んだもんだ」  こそこそとささやき交わすサーデとライチの会話が聞こえているのかいないのか、ソニアは真っ直ぐ前を向いたまま迷う様子もなく突き進む。方向感覚に自信がないとはいえ、真っ直ぐ進めばまだ訳の分からない方向に出る確率も低いだろうということか。 「……あ!」  先頭を歩いていたソニアが歓声を上げ、走り出す。慌てて二人も後を追った。すぐに、二人の前に広い空間が開ける。 「……もしかして、これが『月のしずく』……?」  ちょっとした木々のすき間にひっそりと、白い可憐な花畑があった。スケッチで見るよりもずっと愛らしく生き生きとした花に、思わず二人は呆然とする。海岸の白砂のように光る花は、二人の故郷で採れる透明に輝く宝石・ライドルーガを思わせた。 「これで……これでやっと願いが叶う!」  ソニアがぱっと顔を輝かせる。花畑の中に踏み込んでいくのは気が引けたのか、隅の方から控えめに、何輪かの花を摘み取った。 「どんなに探したことか……どんなに待ったことか! さあ早く戻りましょう、そして薬師のところへ!」  言うが早いかソニアは駆け出す――来たのとは正反対の方向へ。それを慌てて押しとどめ、正しい道へ導きながらサーデは走った。なるほど、この方向音痴ぶりでは、一人で山に入るのは危険だろう。 「お礼はたっぷり致します! 邪魔者まで倒して頂いて、本当に感謝しておりま……っ?」  途中でソニアが前につんのめる。どうしたのかと彼女の足下を見れば、その片足を掴む者がいた。 「……テリィ!」  縛られて気絶していた筈なのに、どこからともなく湧いて出た彼は、ソニアの足首を握って離さない。地面にはいつくばったまま、鬼気迫る表情で、ソニアが持つ「月のしずく」に震える手を伸ばす。 「僕は認めない……っ! それを薬師の元へは持っていかせない、薬を作ったりはさせない! ソニア=ラウグレンフォードは今のままであるべきなんだ、そうだそうに決まってる!」  錯乱気味のテリィをどうしたものかと、サーデはライチの方を見る。ライチは黙ってテリィの側に近づくと、彼の手首を掴んで引き戻した。彼が振りほどこうとするのを、意外なほどの力で抑えこむ。 「落ち着け、テリィ。今はまず落ち着くんだ」  所業とはうってかわって、優しい声で語りかける。何か魔法でも使ったのだろうか、テリィはやがてソニアの足首を掴んでいた手を離した。髪も衣服も息も乱れた、ひどい有様だ。 「一体、『ライヴァネッヒの杯』は何の原料なんだ? 何となく、ただの惚れ薬じゃなかった気がする。教えてくれないか」 「ああ、惚れ薬じゃないさ……聞いて後悔するなよ」  ライチに支えられ腰を下ろしたテリィは、そう言って語り出した。 「これはただの伝説だが……昔々、愛を司る神の元に一組の恋人たちがやってきた。名はダウライレンとヴィレイア。二人は愛し合っていたが、その間にはこれ以上無いほどの障害が立ちはだかっていた。ヴィレイアは呪いによって、男の姿に変えられていたのだ」 「へぇ。そりゃ確かに、秩序神ランドールが怒鳴り込んでくるわ」  ライチの横槍には耳も貸さず、テリィは淡々と喋り続ける。 「青年ダウライレンと娘ヴィレイアの説得に負け、ライヴァネッヒは二人にひとつの杯を与えた。その杯に注がれた薬酒を飲んだ途端、ヴィレイアは元の姿に戻り、めでたく二人は幸せになり、愛の神ライヴァネッヒの杯は花になったという話だ。……これで判ったか?」 「判るわけないだろ」  苛立った口調で答えるサーデの横で、ソニアが「月のしずく」を爪が白くなるほど握りしめている。 「つまり、『月のしずく』からできるのは……性転換の薬なんだよ」 「……はぁ?」  目を丸くするサーデ、そういえばそうだったと手を打つライチ。  ソニアは居心地の悪そうな顔でうつむいた。 「テリィの言うとおり……です。私はそれを私のために探していました。私は元々、帝国に仕える騎士ですから」  そう言って、首からかけた指輪の内側を見せる。確かに、ソニア=ラウグレンフォードの名があった。 「国でちょっとした諍いがあったときに、私は巻き込まれて『月のしずく』の薬を飲まされてしまったんです。騎士は男性でないといけませんから、結局国にはいられなくなって、だから元に戻るために必死で探したんですよ、『月のしずく』。生来の方向音痴のせいで妙に時間がかかってしまって、どれも何だか恥ですから言えなくて」  早口にまくしたてるソニア。サーデがおずおずと口を挟む。 「……つまり、ソニアさんって……男?」 「私は一度も、女性だと自己紹介した記憶はありません」  ふと横を見れば、テリィがソニアを醒めた目で睨んでいる。 「そうさ。それを知った時の僕の驚きが、君たちに理解できるか? いや、できないだろうね。それでも僕はソニアさんに惚れてしまった。彼女を失うなんて耐えられないと思った」  だから邪魔をしたんだ。そう言ってテリィは苦笑いする。 「でも、もう諦めるよ。これ以上君たちの邪魔をするのは、僕には無理だと判ったからね。さっきは電撃をありがとう、痛かったよ」  肩を落として去っていくテリィの背中は、どこか寂しげに見えた。  翌日、二人を訪ねてきたソニア=ラウグレンフォードは、既に男の姿に戻っていた。長い髪を後ろで束ねた、略式の装備をした騎士。彼女……もとい彼のものなのだという、一頭の馬が一緒だった。 「お礼は……これで足りるでしょうか?」  差し出された謝礼は十二分で、受け取ったサーデの方が申し訳なく思うくらいだった。  すぐに国へ戻るというソニアが道に迷わないか心配で、せめて街道までは見送っていこうとサーデ達がソニアと外に出た、その時だ。 「待って! あの、ソニアさん」  甲高い声に振り返ると、そこにはひとりの少女が立っていた。  ソニアほどではないが長い赤毛を伸ばしっぱなしにした、旅装束の美少女。まさか、とライチが呟いた。 「テリィです。僕……いや私は、貴方についていきたく思います!」  やっぱり。頭を抱えたサーデとライチをよそに、どうやら自分も「月のしずく」の薬を飲んだらしい、見かけは少女のテリィ=バリュギレーロムは、ソニアに馴れ馴れしく甘え出す。一瞬でも彼に同情した自分を、激しく後悔したライチであった。  そのまま街道の彼方へ消えていった二人が、どうなったのか……  それは、サーデ達の知るところではない。