「秋の夜長のおとぎ話」 月香るな 「むかしむかしあるところに、一人の女の子が住んでいました。  女の子はいつも赤いずきんを被っていたので、みんなから「赤ずきん」と呼ばれていました。  ある日、赤ずきんのお母さんが言いました。 「赤ずきんや、これをおばあさんのところまで届けておくれ」  そう言って赤ずきんのお母さんは、赤ずきんにカゴを手渡しました。カゴの中を覗いてみると、中には梅酒とかぼちゃメロンパンが入っていました。  赤ずきんは「なんなんだよかぼちゃメロンパンって。かぼちゃかメロンかどっちかにしろよ」と内心思いました。しかし赤ずきんはいい子だったので、「わかったわお母さん。すぐに行って来るわ」と言っておばあさんの家へと出かけました。 「全く、冗談じゃない。見たいテレビがあったっていうのに、なんで私がばあちゃんの家まで行かなけりゃならないんだ」  赤ずきんはぶつぶつ言いながら、舗装もされていない道を歩いていきました。ちょうど秋でしたから、道には落ち葉が積もって歩きにくいことこの上ありません。 「小遣いでもせびらないと割に合わないよ」  赤ずきんはそんなことを言いながら、おばあさんの家へ向かう道を歩いていくのでした。  すると突然、目の前に人影が現れました。 「へい、お嬢さん! 今、一人かい?」  それはこの山に住んでいる悪い狼でした。自分では格好いい都会っ子を気取っているつもりのようですが、どこか変です。 「一人だよ。だから何?」 「暇なら一緒に、お茶でもどうかな?」 「暇じゃないからダメだよ。今からばあちゃんの家に行かないといけないんだ」  即答すると、赤ずきんはまたすたすたと歩き出しました。ナンパに失敗した狼は、困ったように辺りをうろうろしていました。  そのとき、狼はいいことを思いつきました。赤ずきんの前に再び現れると、話しかけます。 「あっちにきれいなお花畑があるんだよ。おばあさんに摘んでいったら、きっと喜ぶだろうなぁ」 「……そうかもね」  小首をかしげて考えたあと、狼の示した方向に歩いていく赤ずきんを見ながら、狼は思いました。 「やっぱり女の子だなぁ」  しかし赤ずきんは、狼が思っているのとは全然違うことを考えていたのです。 「たしかばあちゃんは花が好きだから、摘んでいってあげたら喜んで、小遣いをはずんでくれるかもしれないな」  そう考えた赤ずきんは、お花畑につくと花壇荒らし……じゃない、花を摘み始めました。  その間に狼は、赤ずきんのおばあさんの家に行くと、おばあさんを食べてしまいました。そしておばあさんの服を着ておばあさんになりすまし、ベッドに寝て待っていました。……こんな話だったっけ? まあいいや。  しばらくして、梅酒とかぼちゃメロンパンと(実は他人の家の花壇にあった)花を手にした赤ずきんが、おばあさんの家にやってきました。建て付けの悪い扉を叩きます。  ドン、ドン、ドン。 「おや、誰だい?」  おばあさんに化けた狼がしらじらしく訊ねます。 「リサ……じゃない、赤ずきんよ」  おばあさんはボケが進んでいて、自分の本名を言っても判ってもらえないことを思い出した赤ずきんことリサは、慌てて名乗り直しました。  ところで赤ずきんは、普段からみんなが本名で呼んでくれないことを大変不満に思っていました。大体母親からして彼女のことを「赤ずきん」と呼ぶのです。しかし赤ずきんはこのずきんを被ることで自己のアイデンティティを確立しているので……え? アイデンティティって何かって? そんな細かいことは気にしちゃだめよ……このずきんをかぶらないでいるわけにはいきません。果たして緑のずきんを被ると「緑ずきん」というあだ名になるのかと考えたこともありましたが、語呂が悪いのでやめたのでした。 「おお、赤ずきんか。入っておいで」  おばあさんに化けた狼が答えたので、赤ずきんはドアを開けました。おばあさんの部屋は二階の東側です。息子夫婦(赤ずきんにとっては叔父夫婦)が昔は一緒に住んでいたので、この家は結構大きいのでした。 「こんにちは、おばあさま。お久しぶり」  赤ずきんは部屋の戸を開けると、にこりと微笑んでみせました。赤ずきんはこれでも、校内美少女コンテストで第5位を取ったことがあるので、笑顔には自信があります。 「ああ、赤ずきん。久しぶりだねえ」  狼が必死に裏声を出して答えます。狼がおばあさんに化けていることなど、普通は気付きそうなものですが、しかし赤ずきんはそんなことを指摘して面倒に巻き込まれるのがいやなので気がつかないふりをしていました。 「ねえおばあさま。どうしておばあさまのお耳はそんなに大きいのかしら?」  別に喋ることなど何でも良かったのですが、取りあえず場をつなぐために赤ずきんはどうでもいい質問をしました。 「え? そ、それはね、お前の声をよーく聞くためだよ」  嘘つけ、と赤ずきんは思いましたが、おばあさん(?)のご機嫌を損ねたら小遣いがもらえないかも知れません。そうかそうか、と納得したふりをしてみる赤ずきんでした。 「それじゃあおばあさま、どうしておばあさまの目はそんなにぎょろりとしているの?」  またもやどうでもいい質問に、狼はあせって答えました。 「そ、それはね、お前のかわいい姿を、よーく見るためだよ」  ひどい老眼のくせによく言うよ、と赤ずきんは思いましたが、気にせずに納得したふりをしていました。かわいいと言われては悪い気はしませんしね。 「それじゃあおばあさま、どうしておばあさまのお口はそんなに大きいの?」  とにかく場をつなごうと、赤ずきんは三度どうでもいい質問をしました。大体、顔のつくりに対して疑問を発するなんて失礼ではないのでしょうか。 「それはね……」  狼の方も、いい加減に飽きてきました。  ばさりと毛布をはねのけると、大きく吠えました。 「お前を、食ってしまうためだよ!」  そうです。なんとナンパに失敗した狼は、くやしさのあまり赤ずきんを食べてしまうことにしたのです。  これにはさすがの赤ずきんもびっくり。慌てて花とカゴを放り出すと、逃げようと戸に飛びつきました。  ところがなんと、手抜き工事でゆがんでいた家の戸はなかなか開かず、やっと開いたと思ったのもつかの間、赤ずきんは狼に食べられてしまいました。めでたしめでたし。  ……え? 真面目にやれって? はいはい。  ところが、その一部始終を見ていた人がいたのです。それは猟師でした。  猟師はひらりと二階の窓から入ってくると、拳銃で狼をたった一発撃って、そして殺してしまいました。  そして狼のお腹の中から、食べられてしまっていた赤ずきんとおばあさんを助けだしたのです。 「あ……ありがとうございます」  その猟師は非常に礼儀のいい、そして格好いい男の人でした。そう、赤ずきんの好みのタイプそのものの。  そして何故か、狼の死体を非常に手回しよく、こっそり処理することまでできたのです。  赤ずきんとおばあさんと猟師は、赤ずきんが持ってきた梅酒とかぼちゃメロンパンで、みんなが無事だったことへのお祝いをしました。そして赤ずきんはそのときやっと、かぼちゃメロンパンというのはかぼちゃの味とメロンの外見を持つパンだということに気付いたのでした。  今の今まで狼に食われていたはずのおばあさんは、元気に梅酒を飲み始めました。おばあさんは、梅酒が大の好物なのです。そしてなんと猟師も、梅酒が大好きだったのです。  おばあさんは、酒の好みが合う上に、死んだおじいさんの若い頃によく似ている猟師をいたく気に入って、そしてなんと自分が死んだら遺産はこの猟師に与えるとまで言い出したのです。  実はおばあさんはちょっとした土地持ちで、その遺産というのは税金を払ってもまだまだたっぷりあるような、そんな代物だったのです。  そうと決めたらおばあさんの行動は早く、さっさと遺言状まで書いてしまいました。  ここでびっくりしたのは赤ずきんです。おばあさんの膨大な遺産を、こんな見ず知らずの人に分け与えるなんて!  もう、小遣いがどうのなどと考えている場合ではありません。これは赤ずきんの将来計画にも関わります。  ちなみに、おばあさんに愛想を尽かして出ていった長男夫婦が、地団駄を踏んで悔しがったのは言うまでもありません。  しかし赤ずきんはいいことを考えました。ここでこの猟師と結婚すれば、遺産は自分のもとに転がり込んで来ます。  そしてしばらくたってから、赤ずきんは、思惑通り猟師と結婚しました。結婚してから判ったことなのですが、あの狼は実はヤクザに追われていて、そしてこの猟師はその狼を追ってきたヤクザだったのです。だから死体の処理ができたり、拳銃を持っていたりしたのです。赤ずきんが後悔したときにはもう遅く、赤ずきんは人生の裏街道をまっしぐら……  そしてその後、猟師に逃げられた赤ずきんは、生まれてしまった一人娘をかかえて思いました。欲に目がくらんだからといって、あんなに簡単に結婚なんかするんじゃなかった、と。  そしてそれから先、赤ずきんを見たものはいませんでした。  めでたしめでたし」 「ママ! まじめに話してって言ってるでしょ!」  ぜんぜんやる気のない母親の顔をぺしぺしと叩きながら、その娘は幼稚園児とは思えないほど大人びたため息をついた。 「わたしは、『あかずきん』のおはなしをしてって言ってるの。ママの『みのうえばなし』をきいてるんじゃないの!」  母親……リサは、頬を叩く娘の手を面倒くさそうにどけると寝返りを打った。 「ママは疲れてるんだから、また今度にしてちょうだい……」  そのまま寝息を立て始めた母親の顔を見て、娘は再び、深いため息をつくのだった。 「こんなおとなには、なりたくないなぁ……」  こうして、秋の夜は更けていく……