さくらが丘のうそつきデュラハン
-1 放課後の教室で、かわいいあの子と二人きり-


放課後の教室で、かわいいあの子と二人きり :1
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「死ねっ!」
 彼女の声はキレイだ。性格やその他もろもろはさておき、俺は彼女の声が大好きだ。
 その声で俺を死ねと罵倒してくださって、あまつさえそのおみ足で踏みにじって頂けているのだから、なんという幸福! なんという僥倖!
 学生服越しにもはっきりと分かる上履きの感触。俺の肩胛骨の間に右足を載せて、かかとで背骨を突くように蹴る。あの長い黒髪を振り乱して彼女が叫ぶさまはどれほど美しいだろう。俺はうずくまっているので残念なことにそのお姿を拝見できないわけだが、もし携帯電話で撮らせてくれると言うなら今月のバイト代を全部さし上げてもいいくらいだ。
「へらへら笑ってんじゃないわよ、この変態!」
 なんと甘美なこの時間。惜しむべき点はただ一つ。
「さっさと死ね!」
 彼女が本気で俺の死を願っているということくらいじゃないだろうか。
 それから彼女はしゃがみこむと冷たい手で俺の首筋に触れ、チョーカーと肌の隙間に指をねじ込んで引き上げた。息が詰まって俺は咳き込み、彼女は苛立たしげに「死ね」と繰り返しながらなおも力をこめる。新たな境地が見えかかってきた。もう少しで丘の頂上にたどり着いて、その向こうの広大な景色が俺のものになるはずだ。
「この野郎!」
 いつもの口調は楚々とした大和撫子、だけれどそれは少し前まで住んでいた土地の方言を隠すためだと俺は知っている。けれどそのキレイな声で紡がれる別人のようにシンプルな罵声、それはそれで訛りの入る余地すらなく、その衝撃に俺は震える。最高!
 放課後の教室でこんな美少女、いや美がつくかどうかは分からないがとにかく少女に、この美しい俺が罵倒され踏みつけられるというこの倒錯! そして彼女はいったん俺の首から手を離し自分のカバンを漁る。女の子らしくカバンに飾り付けたストラップがしゃりしゃりと鳴った。俺が身を起こす前に彼女は目的のものを見つけて振り返る。古びた紙がぺたぺたと貼り付けられた鞘入りの短刀。いやお嬢さんそれ銃刀法違反じゃないですか。封をするようにのりで貼られた紙は破られていて、彼女は優雅な仕草でその鞘を払う。
 きぃん――と、耳鳴りがした。
 またやってしまった。早く逃げればよかったのに、つい判断を誤ってしまった。それもこれも彼女が魅力的すぎるのがいけないんだ。あんな声であんな言葉であんな蹴りを入れられたら、そりゃあ腰砕けにもなる。だが、ええと、くそ……。
 全身からどっと汗が噴き出す。また怪しい代物を持ってきたものだ。あんなもので刺されたらただではすむまい。口元を押さえる俺の肩まであるハニーゴールドの髪を掴み、彼女は再びキレイな声で叫ぶ。
「死ね!」
 頼むから落ち着いて。いや積極的なコは嫌いじゃないけど、それにしたってちょっと限度というものがある。俺の毛根はただでさえ遺伝的に早死にする運命を負わされているというのに、それを引っ張ったら余計に寿命が縮む! 待って! 俺はどうなってもいい、だから毛根にだけは優しくしてあげて!
 けほっ、と俺の喉から息が漏れ、同時に髪にかかる力が緩んだ。
「この妖怪男が……」
 憎々しげにつぶやいて、彼女は『胴体からすっぽ抜けた俺の生首』を放り投げた。後頭部がロッカーの角に直撃。痛い痛い、ちょっと洒落にならないよ。そんな大胆なキミも大好きだけどさ。
「ったあ! 灯花ちゃん、もうちょっと優しく! 愛をこめて!」
「うるさい、死ね!」
 彼女が叫んだそのとき、だしぬけにカメラのフラッシュが教室を照らし出した。
「なにやってるんですか!」
 視線だけを動かして――なにせ首は回らないのだ、あいにくと生首なもので――、俺は入ってきたもう一人の少女に目をやる。息を切らしながら入ってきたみつあみの彼女は、大切そうに俺の首を抱え上げた。
「桐生先輩のバカッ。注意してって言ったのに! そんなに死にたいんですか!」
「美人に殺されるなら俺は本望だよ」
「ひどい! 最低!」
 どうして彼女がそんなに腹を立てているのかはともかく、こうしてなじられるのもまた一興。二人の冷たい視線を浴びれば、俺はもういつ死んでもいい気分だ。
 詳しい話はあとにするとして、俺がこんなステキな女の子たちに囲まれてそれはもう幸せに生きているのだということは、分かっていただけたと思う。


 ところで。
 確かに俺はこのとおり運命の女神に呪われそうなほど美しいが、べつに生まれたときから生首がごろんと体から外れる体質だったわけではない。少なくとも俺にはきちんと戸籍も家もあるし、彼女が憎む妖怪とやらの存在を知ったのも、実のところごく最近のことだ。
 隙あらば俺を殺そうとするとっても積極的なあのコは、妖怪を殺すことを自分の使命だと思っている。なにせ初めて二人っきりになったときにそう言っていた。彼女は正義の味方で俺は悪の怪人というわけだ。そういうイタい青春の暴走は大好きだ。ただ残念なことに彼女の妖怪殺しの能力はそれなりに本物らしい。身をもって体験したから、それは認めよう。
 そしてそんな彼女はわざわざ俺を殺すために、クラスが一緒になることまで見越して転校してきたというのだから、これはなかなかエキサイティングな話だ。十六年間生きてきて、ここまで熱烈に愛されたことはそう何度もない。しかしそれはなんとわずか三日前の話で、俺はそれまで彼女のことなど何も知りはしなかったのだ。
 ついでにつけ加えるなら、俺を助けに来たほうのみつあみ女と俺が初めて出会ったのは十四日前の午後四時三十分。俺がこんな体質になったのも、まさに同じ瞬間だった。
 あれは記念すべき瞬間と言っていいだろう。この俺、桐生昂紀があの有坂郁葉と初めて接触したとき、俺は首を刎ねられて死んでいたのだ。なんと運命的な出会い!
 町はずれにある鎮守の森はのんびりと森林浴をするにはいい場所で、ついでにたぶん死ぬにもいい場所だ。静かで人が通らず、それでいて奥へ踏み込みやすい。黙って死んでいればそこらの野良犬やタヌキに食い散らかしてもらえるだろう。
 そしてそんな場所で俺の死体を見つけたとき、彼女が真っ先にこう考えたと聞いて俺はとても嬉しくなった。曰く、
「なんてキレイな死体なんだろう!」
 完璧な反応だ。
 ちなみに誰が俺を殺したのかについては十四日後の今も分からないが、とりあえず心当たりはありすぎて分からないので考えるつもりもない。世の中から浴びせられる嫉妬の視線に常日頃から悩んでいる俺としては、誰が犯人だろうと、正直なところどうでもいいのだ。
 ところで有坂は鎮守の森で俺の死体を見つけたあと、二番目にこう考えたそうだ。
「このままでは、あたしが殺人犯にされてしまう」
 気持ちはよく分かる。第一発見者は常に第一の容疑者となるのだ。そしてこの次が、俺が有坂のことを抱きしめたいほど大好きになった理由。
「仕方ない、生き返らせよう」
 このセンスが最高じゃないか!
 並みの女子高生には思いつかないだろうその決断をもって、有坂は俺の死体を彼女の友人の家に運んだ。彼女の友人も俺の美しさに感動したのか、とっておきの方法で俺の蘇生に挑み、
「驚いたな。上手くいってしまった」
とおっしゃった。なんとすばらしい人だろう。感動のあまりその細っこいが女性的な体に抱きつこうとしたら殴られて、俺はまた感激に打ち震えた。
 しかしながら何事も完璧にはいかないもので、俺の首は未だにつながらず、強く引っ張ると簡単に外れてしまう。とは言え欠点のひとつくらいあった方が、美しさというものはより際だつのである。俺はとりあえず満足し、首の傷痕に幅広のチョーカーを巻いて生活することにした。
 俺は細かいことを気にしない主義の男だ。もちろんこの美貌にかけては一点の曇りもない状態を目指すべく努力しているが、それ以外のことについてはかなりぞんざいだと自覚している。なにせ家計簿をつけているはずなのに財布の中身はしょっちゅう減りすぎているし、このあいだは上履きに入っていた画びょうに気づかずかなり痛い思いをした。
 だから、俺がどうやって生き返ったのかだとか、十四日前から俺の目に見えているこのお化けどもは何なのかだとか、神社に入ると気分が悪くなるのはなぜだとか、そんなことはわざわざ詮索しないのである。それがオトナの余裕というものだ。
 かくして俺はいつもと変わらずハッピーな新生活を始めたはずだった。有坂がうるさくまとわりついてくるくらいで、特に変化もない日常だ。まあ俺も殺されるほど恨みを買ったことについては少しだけ反省して、ちょっぴり大人しくしておこうと思ってはいたのだが。
 そんな俺の人生計画を軽々しく蹴飛ばしてくださったのが、三日前に転入してきた沖浜灯花ちゃんだ。最初に殴られたときのことは今でもはっきりと思い出せる。いや、それは当然か。それもたった三日前の話なのだから。



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